くるぶしソックスをめぐる戦い
(2023/8/9)
昔働いていた会社で、「くるぶしソックス」をめぐって先輩と大モメしたことがある。
新卒で入社した旅行会社は、いわゆる昭和体質の会社だった。夏でも男性社員はネクタイを締めることがルール化されていて、たまに電気代削減のために冷房が消されたりしていた。同僚はみな人は良いのだが、そうした体質やルールには全く無頓着な人種だった。おそらく体育会系出身者が多かったからではないかと思う。
会社は好きでも古い体質には我慢ならなかった自分は、2年目の夏、まずはポロシャツを着て出社してみることにした。オドオドしていたら絶対に何か言われると思い、堂々と着て行った。社内中から視線を感じたが、特に何も言われなかった。
翌週、会社のルール手帳(!)で禁止されていたくるぶしソックスを履いて行ってみた。営業担当が取引先と会議をしたり、セールス担当がお客さんとやり取りするならまだしも、室内で企画とマーケティングをする自分が暑苦しい靴下を履いていくのはどう考えてもアホらしいと思ったのだ。数日後、「おい椋本、ちょっとこっち」と突然先輩に呼び出された。「お前、くるぶしソックスだめって知らないの?」
この時、僕の脳内には「戦う」or「謝る」の選択肢が浮かんでいた。とはいえ、くるぶしソックスで「戦う」のはあまりにもしょうもないし、「謝る」のもなんか違うよなと思ったので、「謝りはするが次の日からもくるぶしソックスを履いてくる」ことにした。そう、「こいつに怒ってもしょうがない」と諦めてもらう戦法だ。この作戦は功を奏し、2週間にわたるお小言タイムの末、ついに先輩から何も言われなくなった。
しかしここで新たな問題が起きた。後輩が「先輩がやっているなら…」とポロシャツ&くるぶしソックスのスタイルで出社を始めたのだ。ふむ、涼しげで良いじゃないかと思っていた矢先、「東京支店で服装が乱れている」とまさかの全社問題になってしまった。
聞くところよると、この「くるぶしソックス事件」をきっかけに様々な立場の人たちの間で服装をめぐる議論が巻き起こったが、最終的に社長の「服なんてどうでもいいから売上を上げることを考えろ、バカ」という一声で決着がついたそうだ。
そして、誰が・なぜ「男性社員は服装を統一しなくてはいけない」と考え「服装ルール」を定めたのか分からないまま、十数年もの間、全社500名以上の男性社員が何の疑問も持たずそのルールに従っていたという恐怖の状況が明るみに出たのであった。
翌夏以降、総務部によって毎年更新されていたルール手帳から「服装欄」が削除され、社内の半分の人間がポロシャツとくるぶしソックスというスタイルで出社するようになった。お洒落好きの課長は当時出始めたばかりのビジネススニーカーをいち早く取り入れ、みんなに自慢なぞしていた。社内の雰囲気が少しだけ柔らかくなったように思えた。因果関係は分からないが、売上も上がった。
ただ、一つだけ。「おい、椋本」と呼び出した先輩だけは、僕が退職するまでの数年間、どんなに暑い日でもネクタイと長ソックスを欠かさなかったことを今でも覚えている。
(椋本)
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