やっぱり映画なんだけれども

たかが映画なんだけれども 第33回 ドライブ・マイ・カー 

(2022/5/18)

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 誰にも頼まれてないけど熱く話し合う映画対談、第33回は「ドライブ・マイ・カー」。久しぶりの更新のうえにもう旬の過ぎた超話題作。が、それぞれ原作を失くして2人で計4冊購入してしまって語らずにはおれなくなり……なぜ読んでしまうのか、そして観てしまって、気持ちが上がったり下がったりしてしまうのか。いやー映画って、本て、いいですよね、ということで!

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観たものの見送った作品、何度も読んじゃった原作…なぜ時間かけてる…

〈STORY〉
舞台俳優であり演出家の家福は、愛する妻の音と満ち足りた日々を送っていた。しかし、音は秘密を残して突然この世からいなくなってしまう――。2年後、広島での演劇祭に愛車で向かった家福は、ある過去をもつ寡黙な専属ドライバーのみさきと出会う。さらに、かつて音から紹介された俳優・高槻の姿をオーディションで見つけるが…。喪失感と“打ち明けられることのなかった秘密”に苛まれてきた家福。みさきと過ごし、お互いの過去を明かすなかで、家福はそれまで目を背けてきたあることに気づかされていく。(公式サイトより)

 

「村上春樹原作っていうから怖いもの見たさで」
「よくあの「女」のイメージをなくして映画を作ったな、と」

み 今回、満を持しての回であります。タイミング逃してできなかったりして。

か 「プロミシング・ヤング・ウーマン」がお蔵入りになって…

み 映画はよかったんだけど、うまく語れず…

か ちょうどその時、上映が始まった「ドライブ・マイ・カー」を見て、よかったから宮川さんの感想が聞きたいって言ったんですよね。

み 私ももちろん見ようと思ってた、濱口監督好きだし。原作持ってたはずなのに見つからなくて、Kindleで買い直した。悔しい。

か 私はほぼ知識なく。村上春樹原作っていうから怖いもの見たさで映画を見て、それからどこまでが小説なんだろうって興味で原作を読みました。

み え、それをなくしてまた買ったの?ちょっと、ひどい(笑)

か そうなんです、あっという間に紛失。単行本の中古を買い、「ドライブマイカー」で疲れて、「木野」と「シェラザード」も読まないうちになくした。結局kindleでおととい買って読み、売り上げに貢献しちゃいました。村上春樹、長らく読んでなかったから新鮮な気持ち。

み 私は初期は普通に読んでて、バンバン山積みして売られるようになった『海辺のカフカ』以降かな、なぜか毎回発売時に買っちゃって。だから『女のいない男たち』も当時買ったんだけど、これはないわーと。濱口監督がプロデューサーから別の春樹原作でどうですかと言われて気乗りしなかったけど「ドライブ・マイ・カー」ならできるかもって書いてあって、ええーと思った。

か そうなんだ。映画は三作の要素をいろいろ抽出して新しく作られた物語だったってことが、読んでやっとわかりましたよー。

み よくあの「女のいない男たち」の「女」のイメージをなくして映画を作ったな、と。男にとって女がいなくなったらどうなったって男目線じゃんあの短編集は。だから妻が浮気したとか死んだとかの後に、女を買ったとかすぐ出てくる。

か あと女性の容姿を必ず形容しますねえ。久しぶりに読んで、そういえばってびっくりしたし、今も変わらずやってるんだって驚きが。

み 「ドライブ・マイ・カー」で、みさきを紹介されたとき「ぶすい」って。

か 衝撃の「ぶすい」発言。いつの時代の言葉なんだ。美しい人がいっぱい出てたのを反転させて、ちょっと容姿に恵まれない人を出すようになったとか変化があるのでしょうか。どっちにしろいやだが。

み 体の関係って割り切ってるか、あるいはメンタルやられてるか、みたいな女性ばかり出てくる。

か 映画を見てまず、村上春樹はどう思ってるんだろうって気になって。とくにジェンダー的に、春樹の嫌なところがうまく脱色されていまの物語に生まれ変わっている感じだから、見たら自分はもうダメだって気づいて落ち込んだりしないのかなって。

み しないんじゃない?

か しないか。言及もしないのかなと思っていたら、この前(4/24)毎日新聞にインタビューが載っておりまして、見ていることがわかった。やっぱり別物と思われているようで、「全然違うから面白かったです」と余裕ぶっこいておられましたよー。

 

「受身なのにナイーブな人と扱われるのが気に食わない」
「浮気くらい許してやろうみたいな気遣いになって向き合わなかった」

み 小説の読後感と全然違う。濱口作品はみんなそうだけど、淡々と積み上がって、最後にウワーッとなる。

か そうなんだ。

み 北海道で心動かされるじゃない。その後お芝居も、みんなが練習してたのがこうなったんだって、ワーニャ伯父さんの最後のシーンとかも、全部見てないのにジーン、みたいになる。私、普通の人だから。

か 宮川さんはわりと冷ややかに見るのかと思ってました。私まだ、傑作と聞く「ハッピーアワー」を見てないという弱みが…。

み でも「寝ても覚めても」見たじゃん。

か あれ、ウワーっと…なったか! あの2本だけが商業映画みたいで、両方原作ありなんですね。3時間、飽きない。なんかシーンシーンに緊張感があってじーっと見ちゃう。きっといい映画というものなんですよねえ。と思いつつ、なんかいま私、家福めーってなってて。家福さんはすごい受身じゃないですか。

み 受身だし、それを気遣いと思ってるんだろうね。

か やなやつ。なのにナイーブな人と扱われるのが気に食わない。

み んー傷ついてはいるんだよね、娘失くしたし。でもあまりにも傷つきすぎて、音さんの浮気くらい許してやろうみたいな気遣いになっちゃって、そこで向き合わなかったんじゃない?浮気現場見ても即出て行っちゃって、話し合いもケンカもしない。

か しないし、気づいてないふりをする。

み それで傷つかない。僕は大丈夫。

か 君も大丈夫。わからないけど。

み そこがいいってことだろうね、読み手にとっても。ぎゃーっとケンカするのは春樹に求めてない。

か ないから、映画もしょうがないのか。

み 娘の法事に行って悲しんで取り乱しても、それはセックスで解消みたいになって。夢の話だって、する時だし。

か セックスの効力すごい。夢の話で音さんは脚本家としても成功してるんですよねえ。高槻がタクシーシーンで、もっと先の物語を知ってたというのがわかって。自分だけじゃなく高槻ともそうだったというのを知って。それは取り乱す要因というか、小説にはなさそうなシビアな傷つきみたいのがちゃんと描かれていていいなと思いました。でも高槻は暗黒面を引き受けて都合よく捕まっていなくなっちゃうし。家福めーって気持ちが…。

「小説は、愛する女以外にはすごい冷淡」
「容姿がそこまでじゃないと、ぶすいとか評価される恐ろしい世界」

み 小説は、愛する女以外にはすごい冷淡だよね、夢の話をするお手伝いさんが出てくるけど恋愛対象じゃない。でも映画の中では妻が話してて、全然意味が違ってくる。複雑な感情がある相手に語らせて。

か 春樹的エッセンスを盛り込みながらも。

み 「木野」で妻が浮気するシーンはまさに映画そのままだったけど。

か そのままだった。あと「正しく傷つくべきだった」が映画で重要に。

み 小説は傷ついた後ファンタジーになってうやむやになる。女もめんどくさいこと言わないで、去っていく。そしてきれい。

か 容姿がそこまでじゃないと、ぶすいとか評価される。恐ろしい春樹の世界。

み なのに、なんで読んでしまうのかっていう。

か 怖いもの見たさ?

み 実生活にはない状態を感じる心地よさ?恋愛でも、淡々と会話して、過剰な感情はなくて。でもそのイメージは、濱口映画にもあるかもね。

か 親和性ありそうな気がしてきました。

み ずっと会話して、ちょっとそれが不穏になってくる。でも最後、映画は北海道に行って解放される。

か エモーショナルシーン!

み そのために、延々と広島から車で走って。「寝ても覚めても」も、仙台に車で行ったよね。

か ロードムービー感があってよかったですよねえ。

み 車で2人で逃げて、でもやっぱり私は帰るっておじさんにお金借りに行って。

か あのあたりすごく面白くって覚えてます。「寝ても覚めても」の方が、わけわかんないし不穏さもめちゃめちゃあって好きなんですけど、気持ち悪さはなかったような。村上春樹の気持ち悪さは脱色したとしても、なんか感じちゃうってことなんだろうか。

み 最初のあたりはまあそうかな、あんな夢の話して。

か 原作があるからしょうがない、いやでも濱口監督もああいうのが好きなんじゃないか、などとぐるぐる回った結果、急にあいつめってなってる、いま。だいぶ酔っぱらってきたし。

み どいつ?

か 濱口監督。ファムファタル感がある女性に惹かれるんじゃないかって。惹かれるところをがんばって慎んでるんじゃないか。けれど漏れ出してしまう。などと、最近、初期作品をいくつか観たことで、どんどん妄想が…。

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「映画に出てきそうな容姿とかスタイルじゃないから、特別感を感じる」
「最終的にこういう世界観なんだって、説得力がすごい」

か しかしすばらしい映画でも、なんかもう男の人が主人公の映画を自分は欲していないという。勝手にやってくれって思っちゃってさあ。

み みさきがいたからよかったんじゃない、なぜ広島に来たのか、清掃工場が好きとか、なぜそれがいいと思うのかって話したり、途中からどんどんみさきの存在感が大きくなる。

か ちゃんと描かれてる。でも主人公が男だから。みさきの物語をくれー。

み 運転手だし。小説ではぶすいとか言われてるし。読んでなくても、映画に出てきそうな容姿とかスタイルじゃないから、特別感を感じるよね。

か なんだこの服、どこで買ったんだって思った。

み ツイードのジャケットにコンバースって、春樹のイメージだよね。化粧っ気ない、ぶすい、若い女性がなにを着るのかっていう。それを忠実に描いたらああなった。

か 見ているうちに気にならなくなって。予備知識なく見ると最初すごく違和感があるのに。ほかのいろいろも最終的にこういう世界観なんだってなって、説得力がすごいって思った。

み 北海道に行くことになってからどんどん変わってくる。甲斐甲斐しくみさきの世話をするじゃない、ダサいベンチコートと長靴買ってあげて。運転変わろうかって言ったり。

か 元家だった場所に近づいたみさきが戻ってくるとき、家福が手を差し伸べるじゃないですか。ベンチコート買うのもそうだけど、ずっと受け身できたなかで積極性が見える象徴的なシーンで、後から考えて必要なシーンなんだなって思えたんだけど。

み 動きが出てきたよね。

か はい。ただ、見てた時は雇用主だし年齢差もあるし、おっさんが若い子に手を、っていうイラつきがあって。わたしの屈折だと思うんですけど。その後、家福がえーんってなった時もみさきが慰めるじゃないですか、それもいらなくねって。

み 音さんとの抱擁シーンとは全く別ものだけど。

か わかってるんだけど、つい反射的に疑ってしまうおのれ。

み 下手したら恋愛が生まれる、みたいになりかねないけど、ならないのがいいところ。

か そうなんだが。

み じゃなによ。

か だけどつい、それなくてどうにかならないのって思ってしまう私。

み なかったら再生にならないじゃん。そこでも我慢することになる。二人の関係だけじゃなくて、そこまでに演劇関係のいろんな国の人と関わったり、場所も変わって、気づいていったみたいところがあるんじゃない?


「ぼんやりした、アンニュイな感じで終わらなかったのはよかった」
「でも男の再生とか苦しみの物語見たくない」

み ラスト、韓国のシーンよかったな。

か 最後、私の中では、幕がおりて次世代に託すってことで家福がみさきに車をあげて、みさきはいろんなことを解消して韓国に渡り一人楽しくやっていく、の一択だったんですけど。

み 私は家福の仕事で一緒にいると思ったけど。たくさん買い物してたし。運転手としてだろうけど。

か すると、やっぱり気に食わない気持ちにー。

み 再生したってことになったわけだから、別にいいんじゃない。

か 家福さんは一応再生して無害な男となって、おとなしく余生を過ごす。そして未来ある若い女性は新天地でやっていくの…。

み 恋愛とは思わないけど、韓国に行ったのも、犬を飼ったのも、あの韓国人夫妻の影響じゃない?家に行った時楽しそうだったし、それで関係性ができて、行ったとか。

か その連帯はあってほしいです。しかし家福の運転手としてじゃなくて一人で新天地に渡ってって描写だと思ってたんですよ。しかし、いろんな人の感想聞くと、一人派が劣勢なのかもしれず…。

み それは無理があるんじゃない? 一人じゃなくてもいいじゃん、別に。

か そうかあ。

み でもなんとなくぼんやりした、アンニュイな感じで終わらなかったのは、よかった。

か そうだそうだ。

み ちゃんと吐き出して、なかったことにせずに。小説では、よくわからない読後感でいいけど。原作のまま女のいない男の話だったら、知らんわそんなん、て思う。

か でも男の再生とか苦しみの物語見たくない。よくよく考えるとそんなにこういうの見たくなかった。見てる時のわずかなもやもやを紐解いているうちに、そんなにルサンチマンを溜めてるっていうか、自分がこじれてるのかって思った。

み それってこじれてるっていうの?

か 「プロミシング・ヤング・ウーマン」みたいのばっかり見たい。こういう繊細なのは見たくない。

み 繊細って言ったらプロミシングだって繊細なんじゃない?男が主人公かどうかってことでしょ?

か そうだった、そうなんです。どんなにいい映画であっても。

み 確かにそうなんだけど、でも見る前はわかんないじゃん。私は濱口監督だから見た。

か 村上春樹をよくぞこのように! でもやっぱり男性主人公いや! って、上がって下がってのこの気持ちをどうしたらいいの!

み 上がって下がってでいうと、アカデミー賞で作品賞とるんじゃないかって辺りですごくわかりやすく紹介されて「喪失と再生の物語、震災でそういう経験をした日本人も多い」みたいなこと言われてて、それはわかりやすすぎるのでは、と思った。あんまり単純にまとめない方がいいのに、って。

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ドライブ・マイ・カー
監督 濱口竜介
製作年 2021年
製作国 日本
上映時間 179分
https://dmc.bitters.co.jp

か=かとうちあき(野宿野郎) 
苦手なジャンルは、ホラー、アクション。よりによってなんで村上春樹原作……ってどきどき観に行った「ドライブ・マイ・カー」、いやなところほぼない、すごくよい作品だったので、はやく宮川さんと呑んだくれつつ話したいです! って以前書いてた。なんなの! 最近では「アンラッキー・セックス」が面白かったです。

み=宮川真紀(タバブックス) 
好きなジャンルは、SF、ファンンタジー、社会派ドラマ。ゆるく適当にやってるつもりが意外と作品選びを悩んで何本か見送った後での今回ですが、前回かとうめちゃほめてたんじゃん!なんなの!途中で挫折してた「パワー・オブ・ザ・ドッグ」と、スタッフおすすめの「アネット」を近々見る予定。

 

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