たかが映画なんだけれども 第10回「焼肉ドラゴン」
(2018/7/30)
誰にも頼まれてないけど熱く話し合う映画対談、第10回は「焼肉ドラゴン」 。邦画はちょっと…と言ったそばから連続日本映画。今年はいいのが多いですね!さてこれは面白いって聞くし、終わったら焼肉行きたいし、と気軽に決めたらまったく気楽ではなかった……あの大ヒット作のアナザーストーリーなのかも、など映画を思い出す肴をつまみながら語りました。
焼肉の気分にはならず、昭和の香り漂う安い店に…
「三丁目の夕日」のアナザーストーリー?
全く違う視点のものが出てくると、ハッとする
み 焼肉、食べたくならなかったね…。みんなどういう映画だと思って行っているのかな。
か わたしももっとポップかと思っていた。
み 家族が出てきて、焼肉屋の美しい三姉妹がいて。真木よう子とか実力派の錚々たる役者が出ているけど、テーマは日本の本流じゃないっていう。
か ヒットしてないのかな。なんか心配になっちゃいましたよ。
み 今日レディースデーだし、早く予約しなきゃって昼ぐらいにサイト見たら、全然埋まってなくて。
か 公開1ヶ月くらいだともうそうなのかな、よっぽどヒットしないと。
み これ元は演劇なんだ。あー、観ててすごいお芝居っぽいと思った。演劇賞総ナメだって。初演2008年で、2011年、2016年と再演を重ねる。
か 知らなかった。どこでそれをやっていたんだろう。
み 「月はどっちに出ている」と「血と骨」の人がつくった舞台。へえ!
か 「ザ・寺山」で岸田戯曲賞とってる。やっぱり演劇畑の人のなんだ。「月はどっちに出ている」で映画進出、「愛を乞うひと」の脚本もしているって。すごいじゃないですか。やばい、何にも知らなかった。
み セリフとか舞台の感じ。人の動きとかが、お芝居っぽいなと。
か 演劇っぽい。それがまた、喜怒哀楽をわーっと出す在日韓国の人たちの感じに、すごい合ってました。笑いを入れ込むのとか本当に上手かったし、テンポもよくって。脚本も上手いし構成とか破綻がないし。
み 出てくる人は微妙に役回りをちょこちょこっと入れ替わりながら、最後までみんな重要な役になっていた。
か お父さん役の人は見たことあるなぁ。お母さん役もすごいたくさん出てる。「タクシー運転手」にも出てるんですね。このお母さん役の人。
み ソウルでは感極まった観客が過呼吸になったんだって。韓国でも演ってたんだ。
か 演劇も観たいですね。「三丁目の夕日」を意識してるんじゃないか、というのが私たちの予想ですよね。「三丁目の夕日」のアナザーストーリー。
み 「三丁目の夕日」っていつだったんだろう。
か 「ALWAYS三丁目の夕日」は2005年ですね。
み 結構前だね。ALWAYSってなんなんだよ。
か 「焼肉ドラゴン」の初演は2008年だから、「三丁目」より後だ。
み 映像似過ぎでしょ。っていうか、絶対思い出すよね。なんだろう、戦後焼け野原の跡にバラックっていうか、町が出来てっていうところ。
か 「三丁目」が昭和33年で、「焼肉」は万博の時だからちょっと後、昭和45年くらい。
み 大阪で、万博の直前。三丁目は東京オリンピック前。東京タワーができて行くところで明るい未来しかないけど、「焼肉ドラゴン」は最後長屋街が撤去されて行く。舞台は、釜ヶ崎?
か かなあ。バラック小屋一帯が潰されて公園になるって話でしたよね。
み 今の韓国人街とは違うのかな。映画の最初の方、娘たちも韓国語話せないとか、日本的な感じでいるからそこまで在日朝鮮人の話だってピンとこなかったりするじゃない。だけど、役所の人が立ち退きを迫ったとき、「俺は買ったんだ、無理やり戦争に駆り出されて、そんなこと言うなら腕を返せ」というのをずっと韓国語で言ってるのとか、あそこでぐわーって。
か ぐわーってくる。しかも「醤油屋の佐藤さんから買ったんだ」っていうのをその前にも言ってたじゃないですか。三回目ぐらいにあれをまた言って、うまい。してやられた感。
み 「国有地なんて買えるわけないでしょ」って役人がバカにしたようなこと言ってるのも、国ってなんなんだよってなる。連れて来られてたのにさ。
か だから本当に「三丁目の夕日」とか観た時は、すごいヒットしてなんかちぇみたいな気持ちになったんですけど。
み 「昭和最高」みたいな感じの時期だよね。最近読んだ本で、ちょうど景気が悪くなって昭和的なものを反省しなきゃいけないのに、「プロジェクトX」とかで昭和の職人が素晴らしい、日本マンセーみたいな感じになったのがあの頃からだったって。
か 貧しくてもつつましく、家族仲良く、助け合って生きていくこと、万歳みたいな。そういうのが絶対受けると思って、そういうノスタルジーを強化する意味で作った映画だったからやだなって思ってた。
み 映画だけ観ると、情景とか懐かしいし、そうそうって思ったかもしれない。でもこの映画みたいな、全く違う視点のものが出てくると、ハッとするよね。
息子はあんな風に追い詰めたのに、娘にだけは心の広い父親みたいで
発展途上の日本で、頭のいい男の子なのに「三丁目」とはまったく違う
み 万博も、親戚が近くに住んでて行ったんだよね。月の石に3時間並ぶとか、へんなチューリップハットとか、あったなーとか思い出した。
か わー、行ったんですね。
み 万博のテーマが「人類の進歩と調和」とか、結構おぼえてるけど、そのすぐ近くのところで、そんな生活があるなんてわからなかった。
か 子どものときは確かに。後でわかるかもしれないけど。
み 戦後的なものって、まったくその頃知らなかったと思う。ただ、朝鮮人を馬鹿にするみたいなことを大人が言ってたのを聞いたことあるくらいで、人種問題とか、アジアとか、結構物心つくまで考えの片隅にもなかったと思うよ。その頃って『ポパイ』とか「ベストヒットUSA」とか入ってきて、アメリカ万歳みたい感じで。
か それ5年、10年とかの差でもけっこう違うのかもしれないですね。もっと後のわたしくらいの年だと、小さな頃から戦争責任とか教え込まれている。
み そうなんだ。
か 教育で最初から叩き込まれた気が。そういう時代だったんですかね。
み 河野談話とかその辺かな。わたしは新人類って言われてる世代だけど、いちばん高度成長で、とにかくアジアではリーダーみたいにされてたと思うよ。
か おもしろいもんですね。だからわたし沖縄にしても韓国にしても申し訳ない場所っていうか。最初どきどきして、ヒャッホー観光だーって感じに行けなかった。
み 今日の映画とかは結構ピンとくるみたいな?
か それが、小さい時、朝鮮学校がそばにあったり少し習ったりあったんだけど、ピンとは来ないです。いまも知識がなさ過ぎて、わからないことが多かった。
み 映画の中で、結局、長女夫婦は北朝鮮に行く。どうなのそれ。
か もう切ない。ほんとつらい。大泉洋が演技も上手いし、憎めないダメな男をやるとぴったりで、なんかいい話になっちゃってますけど。あいつほんと、ダメ。長女もダメな男が好きなんだろうけど。あの人じゃないよー、って。
み 本当だよね。途中で出てくる「亀の子たわし」の彼の方がいい。
か そっちの方が全然いい人じゃないですか。もう、なんで。
み どっちの国に帰るのもありみたいな感じになってたんだね。
か 帰還事業があって、当時帰った人は多いんですかね。最初に帰った人たちはもう夢の国みたいに、あっち行った方が絶対いいよみたいな人が多いのかなあ。だから「北は釜ヶ崎と同じくらい豊か」って手紙が来てたのも、検閲を受けてるからそう書かざるを得なかったみたいな描写ですよね。わかってる人は薄々感づいているみたいな状況の時にあの人たちは行っちゃうんだから、もう。日本にいても差別を受けて、だから向こうに行って一旗あげたい気持ちはわかるんだけど。でも、うう、あいつめ、って思った。
み 一人息子の時生君が、いちばんかわいそう。なんであんな私立の中学校行っちゃったんだろう。
か そういえば当時って、朝鮮学校はないのかなあ。中学から私立って、すごいエリート教育ですよねえ。学費もなんとかして。切ないのが、上の女の子三人にはそういうことしないで、あの子に賭けていたわけじゃないですか。
み 韓国も男尊女卑だからね。
か ひとつだけ引っかかっているんですけど、次女が韓国人の青年と言葉が通じないけど、シンパシーを感じて仲良くなるじゃないですか。一応夫はいるのに。そこにお母さんが帰って来て、あわわわわってなって去るでしょ。なんかいいシーンで面白いんですけど、あんな風に自分の娘が夫と別の人となんかしてたら「なにしてるの」って怒鳴りそうなのに、邪魔しちゃいけないみたいになってた。
み 最初っからあの旦那は気に食わなかったんじゃない?
か そうそう、嫌だと思ってるけど、一応祝ったわけじゃないですか。でも三女が結婚するって言った時は反対する。
み あれは相手が日本人だからでしょ。あのお母さんは民族意識が強い。
か やっぱりそのことの現われなのかあ。父にその後のいい決め台詞を言わせるために母親があそこだけちょっと変わったみたいな感じがして、わたしはひっかかっちゃって。息子はあんな風に追い詰めたのに、娘にだけは心の広い父親みたいな。いいとこ持っていきやがってみたいな気持ちに、ちょっとなってしまいました。
み でもわかんないから、お父さんもよかれと思ってやってたんでしょ。しかも男の子だし。
か お姉さんたちは連れ子だけど、あの2人の子どもで。
み そうそう。それも悲劇だよね。それこそ「三丁目の夕日」みたいに輝かしい発展途上の日本で、頭のいい男の子なのに、まったく違う。
か まったく違う中で、それでも少しでもそこに乗ってほしいって願う父の気持ち…。
み ほんとに。お父さんのお手伝いしてたときは、わーって言いながらすごい楽しそうにしてたのに。
か 頭がいいからそういう気持ちも全部わかっちゃって、お父さんも大好きで、もうどうしようもなくなったんだ。うう、すごくいい映画だった。最終的にはそこに尽きるんですけど、とはいえ。つらいです。
「焼肉ドラゴン」
監督 鄭義信
製作年 2018年
製作国 日本
上映時間126分
http://yakinikudragon.com/
STORY
万国博覧会が催された1970(昭和45)年。高度経済成長に浮かれる時代の片隅。関西の地方都市の一角で、ちいさな焼肉店「焼肉ドラゴン」を営む亭主・龍吉と妻・英順は、静花、梨花、美花の三姉妹と一人息子・時生の6人暮らし。失くした故郷、戦争で奪われた左腕。つらい過去は決して消えないけれど、“たとえ昨日がどんなでも、明日はきっとえぇ日になる”それが龍吉のいつもの口癖だった。そして店の中は、静花の幼馴染・哲男など騒がしい常連客たちでいつも賑わい、ささいなことで、泣いたり笑ったり―。そんな何が起きても強い絆で結ばれた「焼肉ドラゴン」にも、次第に時代の波が押し寄せてくるのだった―。(公式サイトより)
み=宮川真紀(タバブックス) 好きなジャンルは、ホラー、SF、社会派ドラマ。最近みたのは「いつだってやめられる」(イタリア)、「乱世備忘」(香港)、「ハン・ソロ」(米)。地域も内容もバラバラだけど、みんなちがって、みんないい、って気持ちです。
か=かとうちあき(野宿野郎) 苦手なジャンルは、ホラー、アクション。「カメラを止めるな!」が、めちゃ面白かったです。
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