青山は私に、黙って生きるようにと言った(前編)/すんみ
(2025/6/9)
小説を訳していると、どうしても時間の流れが気になってしまう。2024年に拙訳した作品はどれも、止まっているかのような時間の中にいる主人公たちを描いたものだった。
キム・グミ『敬愛の心』では、火災事件で大切な友人をなくしてしまった二人が、互いに同じ悲しみを抱えているとは知らずに会社やネットコミュニティで出会い、互いの傷を癒していく。敬愛(キョンエ)は高校生の時に友人を失い、大人になった今では、過去に振られた先輩との関係に悩まされている。大好きだったのに振られ、先輩は別の人と結婚したにもかかわらず、関係を戻したいと言って敬愛を揺さぶる。敬愛はそんな先輩を冷たく振り切ることも、かといってよりを戻すこともできずに、身動きの取れない時間を過ごしている。
チェ・ジニョン『ディア・マイ・シスター』は、主人公ジェヤの日記形式で綴られる長編小説で、性暴力の被害に遭った日へと、度々同じ時間に引き戻されてしまう。周りには忘れてと言われるけれど、彼女にとっては決して忘れられない時間。事件の後、カーテンを閉ざし、時間が停止したかのような状態に陥るが、ジェヤは自らをそこに閉じ込めることなく、前進を決意する。周りからの無理解に苦しみながらも、時を前に進めていこうとするジェヤの姿に何度も救われた。
イム・キョンソン『ホテル物語』では、閉館間近のクラシックホテルを舞台に、終わりを迎えようとするある人生のとある局面を受け入れようとして、足踏みしている人々の姿が描かれている。
チョン・セラン『私たちのテラスで、終わりを迎えようとする世界』の表題作では、会社の判断で事務所を地下に移動させられた主人公が、人工の窓で偽物の時間の移り変わりを感じている。自然な時の移り変わりさえ許されない時代を生きる若者の、それでも与えられた環境の中で懸命に生きようとする姿が描かれている。
そんな様々な要因で時の流れが滞ってしまった人たちの物語を訳しながら、自分が過ごしてきた時間と言葉について思いを巡らせていたように思う。時間と言葉には、とても深いつながりがあるのだと思うようになった。
最近は、慌ただしい毎日を過ごしている。子どもが小学校の新一年生になったからだ。これまでより早い時間に起きて、一緒に登校。放課後の学童保育の時間まで仕事をして、お迎えへ。帰宅後はすぐに翌日の学校の準備に取り掛かり、それが終わると夕食、入浴、そして就寝の準備へと続く。まさにノンストップ。子どもの言葉を借りれば、「あっという間に」次の朝を迎えるのだ。
慌ただしいけれど、ほっとしてもいる。毎日の時間が淀んだり、滞ったり、あるいは逆行したりすることなく、ちゃんと流れているからだ。そんな日々に感謝しているし、自分がそんな日々に感謝できるようになったことに驚いてもいる。
翻訳した物語の人物たちみたいに、私にも、時間が止まってほしいと思っていた時期があった。東日本大震災の時だ。大学卒業を目前に控え、友人と卒業文集を作成するため大学にいた時、地震に遭遇した。人生で初めて感じた大きな揺れ。ただ事ではないとすぐに感じた。電車が運行中止となり、近くのファミリーレストランで待機していたが、終電まで家に帰れなかった友人と共に、大学が用意してくれた講堂に移動した。講堂の大型スクリーンに映し出された津波の様子。鳴り止まない警報音。椅子に座ったまま眠れない夜を過ごして、翌日、私は無事に家に帰れた。
それからしばらくは、当時アルバイトしていた日本語学校で、一時帰国を求める学生たちの航空券を確保する日々だった。韓国への直行便が見つからず、中国など第三国を経由して帰国できる便まで探し、何度か航空便の手配ができた。「本当に帰らないんですか」と尋ねる学生たちに、大丈夫だと答えた。一緒に働く従業員たちも、いつもと変わらない様子で働いていたからだ。しかし、ある日の帰り道のことだった。ある人がためらいがちにこう尋ねた。「私たち、本当に大丈夫ですか」。その質問を聞いた時、私は自分がこれまで虚勢を張っていたのだと気付いた。本当は怖かったのだ、と。その日から、毎日が何事もなく流れていくことに恐怖を感じるようになった。このまま時間が流れていけば、また何かの事件が起きるかもしれない。でもたとえ、また未曽有の事態が起きても、いつの間にか社会は普段と変わらず回り始める。否応なく回り続けてしまう。朝になれば、みんなまた普段と変わらない顔をして、会社に、学校に行くのだ。そのことがあまりにも恐ろしかった。「どうしてみんな平気そうな顔で毎日を過ごしているのだろう」と考えるうちに、自分は時間と距離を置くことを決意したような気がする。
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後編に続きます
すんみ
翻訳家。訳書にキム・グミ『敬愛の心』(晶文社)、チョン・セラン『八重歯が見たい』(亜紀書房)、ユン・ウンジュ他『女の子だから、男の子だからをなくす本』(エトセトラブックス)、ウン・ソホル他『5番レーン』(鈴木出版)、キム・サングン『星をつるよる』(パイ インターナショナル)、共訳書にチョ・ナムジュ『私たちが記したもの』(筑摩書房)、イ・ミンギョン『私たちにはことばが必要だ フェミニストは黙らない』(タバブックス)、ホンサムピギョル『未婚じゃなくて、非婚です』(左右社)などがある。
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