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番外編 イ・ミンギョンさん講演会「韓国フェミニズムの〈いま〉」(前編) 

(2024/11/29)

2人は翻訳

 

この連載の筆者すんみさん、小山内園子さんが初めて共訳した『私たちにはことばが必要だ フェミニストは黙らない』の著者、イ・ミンギョンさんが先日来日し、すんみさんが非常勤講師を務める成蹊大学で講演を行いました。

イ・ミンギョンさんは、2016年の江南駅付近女性殺人事件をきっかけに本書を執筆、韓国のフェミニズム運動の中心で活動していましたが、近年は本来の専攻である語学研究を生かした女性のための事業をおこなっています。

当時のフェミニズム運動について、さらにことばを発し表現すること、語学を習得することについての示唆に富んだお話を、今回ここで紹介します。前編は『私たちにはことばが必要だ』を書いた背景について、後編は参加者の質問を受けながら、言語、女性の自立などについてのお話です。

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◾️家父長制の社会の中でどうやって言語が作られているのか

 私が『私たちにはことばが必要だ』を書いたのは23歳のことでした。あの頃韓国ではオンラインフェミニズムが広がり、その現象が強くなったときでした。一方SNSで女性嫌悪的なメッセージもすごくありました。私自身韓国語とフランス語の同時通訳の修士課程で、自分が生きる中でどんな表現をしてどんな話をして生きていけばいいのかをすごく悩んでいた時でした。フェミニズムという社会現象と、それに対しての社会的な批判のことにすごく興味がありましたが、自分がフェミニズム運動に集中することで人生がどう変わるかについての心配もあったし、フランス語関連の仕事にもっと取り組んだ方がいいんじゃないかという悩みもありました。

 そんな頃あの江南駅の殺人事件が起きました。オンラインフェミニズムの流れがあった中で、いろんな女性がそれは女性嫌悪、女性嫌悪をベースにした犯罪だと指摘しました。今日はその殺人事件について詳しく説明するよりは、自分が見ている「言語」という観点でその事件を説明したいと思います。
 言語といっても、ただ韓国語をどう喋るかの問題ではありません。家父長制の社会の中でどうやって言語が作られているのか、家父長制の中の韓国語をどうやって新しい形で結んで、既存の社会を批判することができるか、もしくはその殺人事件自体を私達が回想する過程の中でどうやって言語を使った方がいいか、そのことについて、私たちがもっと知るべきことがあったと思いました。

 まわりの友達も江南駅殺人事件について、批判とか自分の考えを出したところあったんですけど、それをどうやって言語として表現するかについて、ただフェミニズムについての知識が足りなかったんじゃなくて、どうやって言語を使った方がいいかわからなくて悔しいという気持ちがありました。私は個人的に、言語の基礎とか文法だけでなく、どうやってそのメッセージを伝えるべきか、そういうことについての練習が足りないという流れがあったと思います。

 私が通っていた大学院では、通訳をもっと上手になるために、単純な単語とか文法の勉強だけじゃなくて、どうやって自分が持っているメッセージを表現するか、そういう練習をずっと友達と先生と一緒にしていました。だからフランス語がどんどん上達したのですが、SNSでフェミニズムの社会運動やその流れを見た時に、自分のメッセージとか自分の考えを十分に伝えられていなかった、というギャップを感じていたんです。

 例えば、フェミニズムについて話をするときに、何かうまく言えないところがあって、それをもっと、表現力を増やすためにいろんな本を買って勉強しているみたいな状況がありました。あのときに出ていたフェミニズムの本は、フェミニズムの経験とかについての本よりも、フェミニズムとは何かという定義に集中していた本が多かったです。

 私は2012年からずっとフェミニズムに関しての活動をしていて、2014年ぐらいはインドからの女性のための運動や性教育とかそういう活動にも取り組んでいました。私がやっていたフェミニズムの活動としては、理論に関することじゃなく、自分の経験と、女性同士の経験を通じて作られたフェミニズムだったので、私もそういうことにもっと取り組んでフェミニズムの話をしたかった。だから私は女性たちの経験を言語化するそのプロセスの中で、文法の本が必要なわけじゃなくて、もっと会話に集中したマニュアルが必要だと思いました。

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◾️女性たちが直接行動した2015年以降のフェミニズム

 この本を書いたときはそんなに売れるかわからなかったんですけど、マニュアル的な本を書くことを決心して、その後出版のために仲間が集まったんですけど、あのときはSNSですごくフェミニズムのことがブームだったときなので、私と一緒に出版の仕事をする仲間が1日で集まったわけです。私が言いたいことを話すために、既存の出版社を通じて出版をするんじゃなくて、独立出版社を設立してそこで本を出そうと、そう思いました。

 こうやって独立的に出版をすることについてはいろんなメリットがあったんですけど、それは私が考える韓国のフェミニズム運動の特徴だったと思いました。誰かに本を認められるわけではなくて、私が直接行動して本を出すことが、すごく独立性があったわけです。自分が持っていた考えを展開する本を7日で書いて、韓国にいたクラウドファンディングを使って資金を集めました。Webに載せて、すぐ自分たちの目標した金額を達成して、結果的には4400万ウォンぐらいの資金が集まって、全部が3週間で行われたことでした。

 私が数字を明確にする理由としては、あのとき韓国でフェミニズムの活動をした女性たちは、オンラインをメインとしてした人が多かったので、自分の名前を出す時もあまりなかったし、そういうフェミニズムの活動することについて難しさもありました。女性たちがフェミニズムの活動を自分のアイデンティティの一部としてしてたわけなんですが、私の考えとしては女性たちの連帯を強くするためには金額や数字とかそういうことについて明確に見せる必要があったと思っているし、クラウドファンディングのWebを見たらその金額が明らかに載せられていて、その金額が多くなるほどフェミニズムの力もそのパワーも上がっていくという考えがありました。ただお金が大事だとか、資本主義があるからじゃなくて、女性の活動には経済的な基盤がすごく大事だと私は思っているからです。

 それまでのフェミニズムはもっと理論的だとか、観念にもっと集中していた流れがあったんですけど、2015年以降のフェミニズムは直接女性たちが行動することにとても注力していたので、それをもっと見せたいという自分の考えがありました。

 

◾️あのとき韓国の女性たちがどれだけ自分を話をしたかったか

本の中ではずっとあなたと呼び掛けて、二人称を使うことが多かったです。私という一人称を登場させて、あなたっていう二人称単数も登場させて、そこから話をしていきたかったと思います。一人称の単数と二人称の単数、つまり私とあなたを含めたら、それはもう一人称の複数になります。結果的に私の本のタイトルである『私たちにはことばが必要だ』というタイトルで一番大事な単語は「私たち」ということばです。

 だからこの後私が考えたのは、女性たちが自分自身を発展させるためには、女性たちの中で話をするその経験がすごく大事だと思って、そこに力を注ぎ込もうと思いました。この本を書いたのが間接的なそのスペースで、女性たちが自分たちの話をお互いにできる空間を作るのが、大事な目標と言えます。今の韓国も家父長制がすごく強い社会なので、女性たちが自分の話をするときもそれを聞いてくれる人があまりいない、自分の言語を発展させて、それを練習する相手がいないという問題があります。なのでこの本を読む間には、本を書いた私と、本を読んでる読者さんと一緒にフェミニズム的な言語を発展させることができるし、そのプロセスの中には、どんな男性も介入させない、いわゆる安全な場所、安全なスペースを作れると私は思いました。

 この本は、あのときすごくブームになっておよそ7万部ぐらい売れていました。この数字を見ると、あのとき韓国の女性たちがどれだけ自分を話をしたかったか、その必要を確認することができたし、この本を通じてもっと、女性たちの言語が促進されたと私は考えています。私が本を出した後は、韓国の出版の市場もすごく変化して、女性の作家さんももっと自信を持って自分の話を広げるようになったし、変化がありました。あのとき仲間と一緒に設立した出版社を経営した経験をもとにして、女性たちに経済的な基盤がどれだけ大事なのかそれを確認することができたし、今はあのときの経験を生かして他の会社を設立しました。女性のための言語習得の会社です。

 私が前に翻訳した本の中で、女性たちが少ない資金で自分を成長させるにはいろいろな難しさがあるということ、女性が外国語が出来たときにいろんな機会があり、自分自身も世界をもっと広がるということを知りました。そのために今、外国語の教育にすごく集中しています。

 初めての本を出した後、女性たちが自分の言語でメッセージや自分の意見を表現する方法についてどれだけの成長があったかを見たらすごく驚きます。あのときそういった成長があったように、今は私が持っているもう一つの技術である、外国語の勉強、フランス語を教えることにして、他の方式で女性たちが自分を表現すること、もしくは自分を成長させるその方法を探そうと思っています。

 韓国のフェミニズム運動は、2015年ぐらいから2020年の間にすごく強まって、今はその流れは少し弱くなった状況です。あのとき韓国のフェミニズムの真ん中で運動してた者として、フェミニズムの運動の集団的な目標にもすごく同意しているのですが、今は新しい構造の中でどうやって女性たちが生きていくか、その新しい形を作れるかに取り組んでいます。女性たちが家父長制のシステムに従うのではなく、新しいスペースと新しい構造の中で、自分たちの人生を生きていけばいい、そう思うようになりました。この先は韓国だけじゃなくて、韓国を越えてどうやって女性たちの成長を達成するか、それについて取り組む予定です。

(通訳:キム・ハウン)

後編に続きます!

講義概要
イ・ミンギョン講演会「韓国フェミニズムの〈いま〉」
日時 2024年11月6日(水)13:10〜14:50
主催 成蹊大学文学部

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【イ・ミンギョンさんの本】

『私たちにはことばが必要だ フェミニストは黙らない』 すんみ・小山内園子 訳(2018年)
『失われた賃金を求めて』 小山内園子・すんみ 訳(2021年)
『脱コルセット:到来した想像』 生田美保 オ・ヨンア 小山内園子 木下美絵 キム・セヨン すんみ 朴慶姫 尹怡景 訳(2022年)

 

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