私の「オンニ」史(後編)/すんみ
(2024/8/30)
前編はこちらです。
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初めて仲良くなったオンニとは、日本留学に来た年にアルバイト先で出会った。オンニは、慶応大学に通っている大学生で、アルバイト先ではホールマネージャーくらいの役割を果たしていた。日本語学校に通っていて、アルバイト先でミスばかりしていた私にとっては、オンニは憧れの存在だった。距離を縮めようとする私に戸惑いながらも、オンニは生活においても、学業においてもそれとなくサポートしてくれた。大学の受験日には、朝ご飯とお弁当まで作ってくれた。
休みの日に一緒にごはんを食べに行ったり、買い物に出かけたりするうちに、一緒に暮らすようになり、オンニが結婚するまで5年間一緒に暮らした。オンニには、たくさんのことを教えてもらった。物事の考え方も、好きなものも、オンニの影響をかなり受けている。洗濯や片付けなど家事のやり方を教えてくれたのも、家を出る前に服にアイロンをかけることを教えてくれたのもオンニである。いま人並みの生活が送れているのは、私にとって初めての「韓国オンニ」のおかげだ。
その後から、私の人生における「オンニ祭り」が始まる。子どもの頃にオンニがいなかったのは、今このオンニたちに出会うためだったろうか、と思えるくらいステキなオンニたちにたくさん出会えた。
仕事をする上で最も影響を受けているのは、翻訳仲間の小山内オンニだ。大学院を卒業してから、一度も就職することなくフリーランスになったため、仕事を始めたばかりの時はかなり苦労をした。スケジュールの管理の仕方も、人との付き合い方も手探り状態で、特にトラブルが起きた時の対処法がまったくわからず、苦しむことが多かった。その度にオンニに訊くと、的確なアドバイスをしてもらえた。何事にも柔軟に対応できるオンニのスキルをこっそり真似してみたりもしている。オンニのおかげで、社会スキルが日々成長中だ。
オンニの懐の深さを感じたのは、新型コロナの流行が始まったあとだ。当時私は、産後うつに加えて、非常事態宣言による保育園の休みが重なって、かなり荒んだ日々を送っていた。やり場のない悲しみ、閉塞感、原因がわからない不安。そんな状況だったにもかかわらず、締め切りは刻々と確実に迫ってくる。
オンニとの深夜電話が始まったのは、その頃だった。共訳中の作品についての相談、という口実だった。しかし、二、三時間続いた深夜電話のほとんどの話題は、たわいのない話だった。「仕事関係の話を先に片付けます」と言って諸々の業務連絡を真剣に終わらせたあと、ついにおしゃべりタイムに入り、猫、最近読んでおもしろかった本やドラマ、芸能界、美味しかった食べ物、どこかで聞いた噂などの話が続いた。その時間が、当時の私にとっては唯一の楽しみだった。毎日どれほどその時間を楽しみにしていたか。忙しい中、睡眠の時間を削って付き合ってくれたオンニに、本当に心から感謝している。
ネコ繋がりで知り合ったオンニたちからは、横のつながりによる安心感を得ている。住んでいたマンションの駐輪場に住み着いていた野良猫の面倒を一緒に見るうちに仲良くなったオンニたちだ。みんな猫好きということで一気に親しくなり、今では飼い猫が息を引き取る際には、みんなで集まって最期を見守るようにしている。今年に入ってから、もう三匹の猫を看取った。猫が息を引き取ると、みんなで花を買い、猫を火葬場まで連れて行く。飼い猫が死ぬのは悲しいが、横になっている猫をみんなで囲み、猫との思い出話を語っていると、悲しさが紛れる瞬間がある。いつか自分の猫も死を迎える日がくるだろうけれど、オンニたちが駆けつけてくれるだろうと思うと、少しホッとする。
面倒見が良くてかっこいいのは、韓国オンニだけではない。日本オンニたちの情熱も、パワーも、半端ないのだ。そのかっこよさにふさわしい言葉が何か見つかれば、と頭を巡らせてみる。日本姉御、日本ねえねえ、日本姉などなど。しっくりくる言葉が生まれれば、オンニという言葉を訳すのも簡単になるだろう。韓国オンニをめぐる今の話題が、新しい言葉を生み出してくれることを期待してる。
すんみ
翻訳家。訳書にキム・グミ『敬愛の心』(晶文社)、チョン・セラン『八重歯が見たい』(亜紀書房)、ユン・ウンジュ他『女の子だから、男の子だからをなくす本』(エトセトラブックス)、ウン・ソホル他『5番レーン』(鈴木出版)、キム・サングン『星をつるよる』(パイ インターナショナル)、共訳書にチョ・ナムジュ『私たちが記したもの』(筑摩書房)、イ・ミンギョン『私たちにはことばが必要だ フェミニストは黙らない』(タバブックス)、ホンサムピギョル『未婚じゃなくて、非婚です』(左右社)などがある。