『生活考察』復活記念! 編集人・辻本力さんインタビュー 【後編】
(2018/12/7)
『生活考察』復活記念!
編集人・辻本力さんインタビュー
【後編】裏テーマがおそらく脳内にあって、結果的に現れている
『生活考察 Vol.06』編集人、辻本力さんのインタビュー後編です。(『生活考察』復活記念! 編集人・辻本力さんインタビュー 【前編】)「いやあ、そんなに深く考えてないんですよ。直感です、直感」と言いながら、テーマや依頼の仕方などかなり練り込まれていて、何より書き手愛にあふれていることが伺えます。後編は、引き続き掲載作品や筆者とのエピソードを中心に、対談企画などについて紹介します。『生活考察』という雑誌の根幹が感じられるお話にも発展しました。
4年半ブランクがあった間に、
書いてほしいという人が増えて
ーずっと書いているけど、連載ではない方も多いですね。
辻本 内海慶一さんは連載ではないけど、毎回書いてもらってますね。毎回テーマが違ってくるから、連載という風にしなくてもいいかなと。今回の「ちいさい季節」は、内海さんが中心になってSNS上でやっていた遊びみたいなものが元になってます。ハッシュタグをつけて、みんなが“自分だけ”が感じる季節感を投稿する、というもので。今回は刊行のタイミングが11月だったので、「ちいさい秋」がテーマ。つまり、「他の人はどうかわからないけど、自分はこういうことがあると『あ、秋が来たな』と感じる」というものを挙げてもらうわけです。今回の原稿は、その投稿に対して内海さんがコメントする形をとっています。都市観察者として定評のある内海さんは、いわば採取系の人で、街のピクトグラムとか100均のおもしろ商品、最近では装飾テントなんかを写真に撮って紹介しています。
岡崎武志さんはこれまで「岡崎武志の生活講座」のタイトルで、日々を面白くすごすためのレッスン的な内容で連載してもらってたのですが、「一通りやっちゃったね」ということで今回は単発の原稿をお願いしました。最初「60歳すぎて新たに何かを始めて、それについて書くのはどうですか」と聞いてみたのですが、「それだとコストもかかるし大変なんだよ〜」って。でも、そのうち絵を描いて個展をやることが決まって、それについて書けば辻本くんの言ってたテーマに近いんじゃない? と提案してくれて。「絵を描くこと」を生活に取り入れることで、行動範囲も行動自体も変わる、それが面白いなと。定年退職後の人の参考になるかもしれませんね。
ー岸本佐知子さん「もにょもにょ日記」は今回が連載第1回です。
辻本 岸本さんはVol.03で、日々思いついたことをメモ用紙に書いて、しばらく寝かせてから読み返して、そこに書いてある走り書きの意味を回想・想像・解説してもらうーーという、ギミックを効かせた日記みたいなのを書いてもらいました。
ほら、メモってあとで読み返すと「これなんだっけ?」ってなるじゃないですか。それを利用したんです。今回もいろいろとご相談はしてたんですけど、最終的に普通に日記を書いてもらうことになりました。岸本さんの日記は、過去に柴田元幸さん責任編集の雑誌『Monkey Business』とかでも連載がありましたが、本当に面白いんですよね。
もちろんエッセイも最高だから頼みたいんですけど、「今書いてるものだけで限界、エッセイだけはやめて」と以前言われたことがあって(笑)。でも、日記は本当にお好きみたいです。
ー今回初めて登場するのは、映像、漫画、音楽、いろんな分野の人がいますね。
辻本 藤原麻里菜さんは、YouTubeで「無駄づくり」というのをやってて。ムダなものを工作してるんですよ。メンタリティ的に恥ずかしくてできないハイタッチを、ビニール製の手をモーターで動かしてできるマシンとか、歩くと胸に空気が入って巨乳になっていくマシンとか。日々の生活から生まれているであろう無駄なものが、見ててすごく面白い。きっと文章も書ける人だろうなと思ってお願いしたんです。そしたら、最近本も出されて。
panpanyaさんは完全に好きで頼んだ感じです。日常がちょっとした空想でぐにゃっと歪んで、気づくと異界、みたいな漫画を描いていて、「生活と想像力」というテーマを掲げるウチの雑誌でお願いしない手はない! と。テーマは街路樹についてで、イラストも描いてもらえてすごく嬉しかったです。
太田靖久さんは2010年に新潮新人賞を受賞している小説家で、Vol.03でマヨネーズへの憎悪をたっぷり書いてくれた伊藤健史さんの高校時代からのお友達。伊藤さんから「小説を書いてる友達がいて」という話は聞いていたんですけど、1、2年前にある飲み会で初めてお目にかかったら、『生活考察』をずっと読んでてくれてたことがわかって。再開の折には是非お願いしますという話に。テーマはいろいろ相談していたんですけど、彼が写真を撮ってブログにアップし続けている「犬の看板」で行くことにしました。ほら、住宅地とか歩いていると「犬にフンをさせないでください」と呼びかけているイラスト看板があるじゃないですか。今回は僕の出身地である茨城県の看板を集めているので、「『犬の看板』探訪記 《茨城犬篇》」というタイトルになっています。
ー浅見北斗さんとbutajiさんは、同じミュージシャンだけど正反対かな、と思いました。
辻本 浅見さんは、Have a Nice Day!というバンドをやっている方です。曲も歌詞も妙にクセになる、他にない独特な感じがあって。中毒性の高い言語感覚を持っている人だなと思っていて、長い文章を書いたらどうなるかなという興味があった。すごくエモーショナルではあるんですけど、どこかニヒリスティックに突き放しているところもあって、ベッタリな感じにはならないだろうなという予感もありました。しかも同時にロマンチックで優しい側面もある、その辺の塩梅も面白いなと。
butajiさんはシンガーソングライターで、新しいアルバムがキレキレによかったから、思わずメールしてしまったんです。そうそう、ジャケ写をタバブックスでもおなじみ植本一子さんが撮ってるんですよね。彼の歌詞にはどこか私的な感じがあって、きっと自身の生活の何らかを反映しているんじゃないかなと思って。聴いた感じ、言葉にすごく意識的な人だろうなとも思って。で、歌詞と生活みたいなところで何か、とお願いしました。感じたことや思ったことは主観だけど、それを曲やその歌詞という、いろんな人に聴かせる「作品」に持っていくときに、どんな変換がなされるのか興味があったんですよ。どんなふうに言葉が変容していくのか、みたいな。
ーそれはなかなか難しい依頼ですね。そして、問題の(笑)王谷晶さん。
辻本 王谷さんは、こういう原稿がくるとは全く思っておらず、最初はもうちょっとエッセイっぽいもののつもりでしたけど、ぜんぜん違う内容に(笑)。もっとも、起点に「生活」というテーマだけおいておいてもらえれば、あとは好きに遊んでくれて構いません、というオーダーでもあったんですけど。過去の号でいえば、小説家の木下古栗さんへの原稿依頼の仕方と近かったかも。ある意味、暴走してくださってOKです、という。その方が面白いだろうなという予感もありましたしね。それで上がってきたのが、ほぼ妄想日記みたいな内容で、だんだんおかしな話になっていくあの話になりました。これをもらってからデザイナーの内川たくやさんにレイアウトの相談をして、僕は逆さまに掲載するというアイデアを出して、さらに内川さんはHTML打ちっ放し風にするというアイデアを出してくれて。
ーこれはデザイン段階で王谷さんも見てるんですか?
辻本 見てます見てます。なんか私ばっかり目立っちゃってすみません、って(笑)。ネットっぽい文章だから縦書きにすると違うなと思って、横書きにすると浅見さんのレイアウトかぶっちゃうし、同じでもつまんないなと思って。でも、上下を逆転して横書きにしたら、普通に右に向かって読める。あ、いいじゃん、と。
狂気っぽい内容にもあってますしね。書体も、昔のパソコン文字みたいのを内川さんが選んでくれました。一冊のなかに、こういう奇抜な原稿を混ぜることができたら、個人的には成功だという思いもあります。
4年半ブランクがあった間に、書いてほしいという人がどんどん増えてきて、出せるかわかんないけど、もし次があるなら……みたいなことはずっと考えてました。古谷田奈月さんもそのお一人です。2年前の作品『リリース』にはやられました。もう少しファンタジーっぽい作品も好きですが、こんなスケールの大きな刺激的な作品も書けるんだ! と驚かされて。先日芥川賞にノミネートされて受賞は逃しましたが、いつか必ずとると思ってます。
完全に偶然だけど、
鼎談は成熟がテーマで、
僕がバナナが熟す話を書いた
ー寄稿以外に、鼎談とルポがあります。
辻本 ルポ&対談「散歩と文学」は、滝口悠生さんに『文學界』の記事で密着してたことがあって、雑談してるとき、「散歩している間にアイデアがまとまる」みたいな話を聞いたことがきっかけになってます。考えてみれば、滝口さんの小説の登場人物って、めちゃ歩くんですよね。で、別な時にその理由を聞いたら「自分の思考のスピードが、歩くスピードと近いんだよね」と。柴崎友香さんの小説も、歩く、というか移動が多い。さらにお2人とも実際の土地を克明に、具体的に描くことが多いんですよね。あと、柴崎さんはカメラで写真を撮る、滝口さんは過去に散歩がてらフィールドレコーディングをしてたという話を聞いてたので、「記録」の方法や、目と耳みたいなところでも対になって面白いかなと。これまでもお2人は何度か対談されてますけど、「歩く」というテーマに限定したものはなかったのでお願いしました。お2人とも近作で高田馬場付近を舞台にしてたので、その辺を歩いてもらって、そのあとお話を聞いて。2時間たっぷり歩きました。
ー春日武彦さん、穂村弘さん、海猫沢めろんさんの鼎談「僕らは大人になれたのか? これからの“成熟考」はトークイベントの採録ですが、前からこの「イベント→記事」という形はやってましたよね。
辻本 イベントって今、すごくいっぱいやられてるけど、それで終わっちゃうのはもったいなと思ってて。もちろんイベント会場で生で聞く面白さもありますけど、まとめて文章で読むよさもそれぞれあるかなと。今回のは、穂村さんと春日さんは仲がよくて対談本も出してて、めろんさんと春日さんは初対面、穂村さんとめろんさんは知り合いだけど対談とかはしたことないーーみたいな感じで、いい塩梅かなと思ったんですよ。このメンツである厳密な理由はないんですけど、いい組み合わせでしたね。ちょっと似てるんだけど話していくとやっぱり違うし。世代もちょっとずつズレてて、なんかいいバランスで。でもほんと、ほとんど勘なんですよ。バランス的にどうかなというくらいで。
ーいや、それぞれ理由があっての依頼だったりテーマだったんだ、ということがわかりました。幅広いようで、どこか統一感もあって。
辻本 ひとり雑誌ゆえかもしれませんけど、自ずと出てきちゃうんだと思うんです、その時の自分の関心ごとが。完全に偶然ですけど、この鼎談は「成熟」がテーマで、僕はバナナが熟す話を書いたんですよね。大人になる、成熟するっていうのがおそらく裏テーマとして脳内にあって、別にそういう話を書いてくれってお願いしたわけじゃないですけど、結果的に全体的にどこかそんなトーンがあったような気もします。それって、やっぱり4年半のブランクがあったことも大きいかも。連載陣もいろいろと状況が変わってて、それに伴い、成長というか成熟というかわからないですけど、人間的にも変化があった。そういうのが雑誌全体に表れているのかもですね。刊行ペース的には、連載というのは間が空きすぎなところはありますが、たまーに出ることによってみんなちょっとずつ変わってるのがわかる。そういう定点観測的なおもしろさもある気がします。
ー若い人からすると、大人になったらもう変わらないみたいに思いがちだけど、そんなことないというのがわかりますよね。実際、年配の執筆者の生活もけっこう変わってるし、これからも変わっていきそうな感じがある。
辻本 ですね。あと、こういう感じなら、大人になるのも結構楽しそうだなと思ってもらえるかも。ぼくも適度に真面目に、適度にふざけながら、この雑誌を続けていければいいなと思います。『仕事文脈』も刺激になってますよ。今回一緒のタイミングで出たのもよかった。同じことやってるわけじゃないけど、微妙に補完しあっているところもあるのかも。『生活考察』を出してなかった時期には、仕事文脈でやりたいネタをやらせてもらってましたしね。
ーあー、「30代独身男性の生活と意見」(vol.7)とかね。
辻本 あれはまさにそう。あ、あの記事にもご登場いただいたライターの須藤輝さんも連載陣の1人です。僕が東京に出てきてからの友人で、共にお世話になっている編集者さんか、同年代の批評家で友人の大澤聡さんを介して知り合ったはず。歳も近いし、共にエクストリームな音楽が好きだったので、よく一緒にライブなんかにも行くようになって。確かおしゃべりしてる時に、健康の話とかになったんですよね。ほら、30代にもなると、かつてきいた無理がきかなくなったり、身体の衰えを感じる局面とか出てくるじゃないですか。それこそライブでのモッシュが辛くなるとか(苦笑)。彼はかつてヨガをやってたという話も聞いていたんで、そんな流れで「カラダのこと」という連載をやってもらうことになったんです。
ー『生活考察』と『仕事文脈』とでは、やっぱり違う?
辻本 基本的な姿勢は特に変わらないんですけどね。ただ『仕事文脈』でやった、マッサージ屋さんに独立とお金について聞いたインタビュー(vol.12)とかも、自分の興味の延長であるんだけど、『生活考察』で取材するのはちょっと違うような気もして。やっぱり媒体によって出すものは違ってきますね。
ーこの2誌は、全然違うんだけど、並んでても違和感がない。両方読んでもらっても楽しめますよね。さて『生活考察』次号は来年出るんですよね?
辻本 そのためには売れてくれないと! だから買ってください!! 今回はブランク中にずっと暖めてきた企画があったから、ある程度は大丈夫だろうとは思ってたんですけど、次ですね。テンションが保てるかどうか。とはいえ、まだまだネタは残ってますし、いろいろやりたいことも浮かんでくるので、きっと大丈夫でしょう。
ーそうそう、Twitterで、バナナの話だから表紙黄色いの?って書いてありましたね。
辻本 あ、確かに! や、偶然です。ぜんぜん関係ありません!(笑)
(終)
⭐︎『生活考察 Vol.06』発売を記念して、タバブックスnetstoreでバックナンバーを販売しています。
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