special

私たちには連帯が必要だ ~声をあげ始めた韓国と日本の女性たち 『私たちにはことばが必要だ』著者来日記念 イ・ミンギョン × 小川たまか トークイベントレポート 

(2019/3/1)

2019年2月17日(日)に青山ブックセンター本店で、『私たちにはことばが必要だ』著者来日記念 韓国・日本 女性たちは声をあげ始めている イ・ミンギョン × 小川たまか トークイベントが開催されました。2017年の江南駅殺人事件をきっかけにフェミニズム運動が盛り上がりを見せる韓国と、様々な事件が発覚しつつも依然としてフェミニズムが大きなムーブメントとならない日本。静かな熱気に包まれた超満員の会場で、女性差別の問題を追いつづけるふたりがどんなトークをくり広げたのか。一部を抜粋してお届けいたします。

1.江南駅事件について

小川たまか(以下、小川) 最近の韓国でのフェミニズムの盛り上がりとして、この事件はひとつの大きなきっかけになっているのかと思います。まずはこの事件が起きた背景や起きた後の韓国での反応について、お話を聞きたいと思います。

イ・ミンギョン(以下、イ) 2016年5月17日にソウルの中心部にある江南駅近くで起きた事件です。カラオケ店が入るビルのトイレで、ある女性が面識のない男性に殺されたのですが、被害者が女性であるということだけが殺害の理由でした。なので、この事件をきっかけに女性たちが「自分もこの事件の被害者であったかもしれない」という連帯意識を持つようになりました。

レポート1


小川 この事件後、現場に哀悼の意をあらわす付せんがたくさん貼られたり、大きなデモが起きたりしたと聞きました。どのくらいの規模のデモや抗議活動があったのでしょうか。

イ 規模がどのくらいだったとはっきり説明するのはむずかしいですが、とにかくこの事件をきっかけに「私はフェミニストになりました」と表明する人が後をたちませんでした。

小川 去年日本で東京医科大の受験で女性差別の問題が発覚しました。それに怒りを示した人は男女問わずいたのですが、それでも大きなデモや声にはなりにくく、そこが韓国とのちがいだと感じました。女性の連携をする、それは女性だけじゃなくて女性差別に声をあげていく人同士で連携をする時に、韓国にあって日本にないものは何なのだろうと疑問に感じています。

イ 韓国でも企業の採用で性差別が起きていることはよく問題になります。どの事件がどれくらい話題になるかは偶然も左右しますが、韓国では多くの事件が権力によって引き起こされているという意識があるように思います。

2.出版後の反響

小川 『私たちにはことばが必要だ』は日本でも反響が大きくて、発売後すぐに増刷がかかったというような状況で、Twitterを見ていても熱い反応が多く、この本が求められていたということを感じます。『私たちにはことばが必要だ』というタイトルですが、本の中で「あなたが説明したくない時は説明する必要がないんだよ」ということを何度も強調して書いてくださっていて、私はそこに救われました。韓国ではこの本に対してどんな反応がありましたか。

イ 韓国でも似た反応ですが、差別を受けている人たちが「これが差別だ」ということを相手に認めてもらおうと思って頑張って説明していたのを、「そうじゃないんだと気付いた」という声をよく聞きました。

レポート2

イ・ミンギョンさん


小川 そこに気付くのが最初の大事な一歩ですよね。

3.主張する女性について

小川 日本人の私からすると、韓国の女性は日本の女性に比べてはっきりと主張をするイメージがあります。怒るべき時にはちゃんと怒るというか。実際にはどうですか。

 イ 日本よりも韓国の方が「やさしく言わないといけない」という圧力や負担が少なくて、ストレートに物を言うような印象はありますね。日本の場合は、たとえ女性が差別を受けている状況でも、他人に迷惑をかけてはいけないと思っているように感じます。

小川 日本では主張する女性がどうなるかっていうことのイメージとしてこれが…。

レポート3


パイを投げつけられたのに、笑って彼女が「男も女もない!」ってことを言わされているのがもはやシュールに思えて。

イ 怖いですね。女性が被害を受けても笑わないといけない、暴力を容認しなければならないことが権力の構造だと私は思っています。

 小川 基本的な質問になってしまうのですが、イ・ミンギョンさんが自分をフェミニストだと思ったきっかけについてお話しいただけますか。

イ 私がフェミニストだと言い始めたのは20歳以降のことですが、なにか変だなと思い始めたのはもっと昔です。鮮明に覚えているのは、お正月にもらうお年玉のこと。私の家では年功序列方式というか、年を重ねるほど多くもらうシステムだったのですが、もらった金額が私の弟が3万ウォンで、私が2万ウォンだったんですね。それが今でも強く印象に残っています。こういうこまごました事件が日々起きます。フェミニストだと自覚するのには大きな事件が起こる必要はなくて、目の前にある前提と実際に起きている小さな不一致が積み重なって、「これはフェミニズムじゃないと説明ができない」っていうことに気付くようになると思うんです。

 小川 フェミニストを公言することに抵抗感や恐怖はありましたか。

イ はい、フェミニストだと実際に口にするまでにはすごく時間がかかりました。韓国ではフェミニストに対する一定のイメージ、レッテルがあるからです。それは、過激で、髪が短くて、独身で、気が強い、っていうものなのですが、そういうことを言われるのではないか、と思ってためらってしまい、自分をフェミニストだと言えない時期がありました。そのようなレッテルが貼られてしまうので、フェミニズムを心の中に持つことと、口に出すことには今も距離を調節しながら生きているような状態です。

小川 フェミニストだと言い始めて、活動の仲間が増えた印象はありますか。

イ 自分でフェミニストを名乗り始めた後、「私はフェミニストです」と表明する運動が起きました。これは社会的な事件になるほど大きな運動だったので、そのころたくさんのフェミニストの友達に会うことができました。

4.女性の言葉遣い

小川 私が一番気になるのは、何かをされてやめてほしいと思った時に、「やめて」っていう嘆願は女性言葉だけど、「やめろ」っていう命令は男言葉だってことなんです。痴漢されたとしても「やめろ」っていう言葉遣いじゃなくて、「やめてください」っていう言葉遣いをしないといけないって辛いですよね。

レポート4

小川たまかさん


イ 韓国にもいろんな方がいるので一般化するのはむずかしいですけれども、フェミニズム運動が起きてから、言葉そのもののちがいというよりは、相手の気持ちを考慮してやさしく言うんじゃなくて、「やめろ」っていうくらいの言い方で意思表示するようになったと思います。男性の側は「こういう言葉遣いをしてほしい」とか「こういうことを言ってほしい」と求めてきますが、そういう男性というのは言い方が気に入らないということじゃなくて、自分の想定からはみ出ているものだから反発をしてくるのです。しかし私たちは彼らの予想の中でだけなにかをいうことはできないと思っています。女性はコミュニケーションをとることで既存の構造を壊したいと思っているんですよね。一方で男性はこの構造を維持したい。コミュニケーションが不一致なのに、表面的にはコミュニケーションが成り立っているように見えるんですね。

5.性犯罪の比較

 小川 私は性犯罪について取材することが多く、日本と韓国の性犯罪のことについてお話できたらと思います。日本だと一番身近な性犯罪は痴漢だと思うんですけど、韓国は盗撮が社会問題化していると聞きました。

イ 盗撮は公の場や家や、場所をとわず女性の身体を許可なく撮るものですよね。それがネットで販売されて、男性がそこから収入を得るという構造が長らく続いてきました。フェミニズムの運動が始まってから、それに反対する動きがとても大きくなってきて、最近も盗撮に反対するデモがあったのですが、10万人もの人が参加しました。

小川 10万人! 日本では想像がつきません。何かのきっかけがあったのでしょうか。

イ ちょっと面白い話で、女性が男性を盗撮した事件がそのきっかけとなりました。どういうことかというと、今までのように男性が女性を盗撮した事件とはちがって、その事件はすぐに捜査が始まってすぐに女性は逮捕され、裁判に立たされることになったんです。

小川 それは怒りますね…。

イ 韓国である運動が起きる経緯をたどってみると、女性が被害を受けた時とはちがって、男性が被害を受けるとすぐに政府や国家が動き始め、権力構造が目に見えるようになるので、運動につながりやすいように思います。

レポート5(お客さんの顔要修正)

イ・ミンギョンさんの「今日をきっかけに韓国と日本の女性たちの連帯が強まっていくと感じました」ということばでイベントは締めくくられました。


通訳:すんみ、尹怡景

 〇プロフィール


イ・ミンギョン
韓国延世大学校仏語仏文学科・社会学科卒業。韓国外国語大学校通翻訳大学院韓仏科で国際会議通訳専攻修士学位取得。なんでも自分でやってみないと気が済まない性格で、それを自分で望んだかどうかがなによりも重要。望んでいない人生を歩みたくないがためにフェミニストに。現在、韓国延世大学校文化人類学科修士課程在学中。女性の新しい生き方の可能性を模索している。著書に『私たちにも系譜がある:さびしくないフェミニズム』『失った賃金を求めて』、共著に『大韓民国ネットフェミ史』『フェミニスト先生が必要』など。好きなことばは「人生は祭りでなきゃ」。

小川たまか(おがわ・たまか)
1980年、東京都生まれ。立教大学大学院文学研究科修士課程修了後、フリーライターを経て2008年から編集プロダクション取締役。2018年4月に独立し、再びフリーに。Yahoo!ニュース個人「小川たまかのたまたま生きてる」(https://news.yahoo.co.jp/byline/ogawatamaka/)などで執筆。性暴力被害当事者を中心とした団体、一般社団法人Spring スタッフ。性暴力と報道対話の会メンバー。

トップへ戻る