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『バイトやめる学校』『あたらしい無職』刊行記念トークイベントツアー【福岡編】 

(2017/8/4)

シリーズ3/4、『バイトやめる学校』『あたらしい無職』好評発売中です。

刊行記念のトークイベントを続々と企画中ですが、第一弾の福岡・広島ツアーを敢行してきました。福岡は『バイトやめる』山下陽光さんがこの春から住み始めた場所で、広島も何かとゆかりのある土地とのこと。とはいえ二人とも初の書籍、何を話すか、どんな人が来てくれるのか…不安を抱えながらスタートしたトークツアーのもようを、『あたらしい無職』丹野未雪さんのレポートでお送りします。まずは初日、福岡編です!

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『バイトやめる学校』『あたらしい無職』刊行記念トークイベントツアー
【福岡編】

バイトやめる無職の誕生

 「自分が前に出るのは戸惑いがあるし、性格的に向いていない」(『あたらしい無職』より)と言っているくせに、人前に出ることにした。『バイトやめる学校』『あたらしい無職』W刊行記念トークイベントだ。さまざまなイベントでトーク慣れしている陽光さんと一緒ならなんとかなるだろう。甘えきって向かった先は福岡。この春から陽光さんが住み始めた街だ。

 刊行記念トークイベントをまっさきに企画してくれたブックスキューブリック箱崎店はJR鹿児島本線箱崎駅から徒歩2分ほど。交差点の角に居心地のよさそうなカフェがあると思ったらそれが書店だった。入口正面には今日のトークショー告知チラシが貼ってある。お、おう。あらためて事態を目の当たりにすると、じわじわ緊張するぜ。

 陽光さんもやって来て、代表の大井実さんに挨拶をする。ふと、この本のタイトルが肩書みたいに思えて「あたらしい無職の丹野です」と言ってみたら、大井さんがふふ、と笑った。あ、いけるかも。すると隣の陽光さんの目がキラリと光った。「バイトやめる山下です」。お笑いコンビではないけれど、ちょっとどうかしているユニットみたいな感じでいい。バイトやめる無職です。わたしたちは目を合わせてニヤリと笑った。

  トークは陽光さんの『バイトやめる学校』とは何か、バイトやめるための最近のアイデアなどの話をメインにすすんだ。打ち合わせはなし。陽光さんの語りは独特で、超高速の大縄跳びのようだった。自分の力不足が大いにありつつも、取材とも勝手が違い、聞き手としてなかなかうまく入れない。

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  わたしがほとんど話していないと気がついた陽光さんは、わたしの著書から、無名が無名を語ることについて書いた部分(「出張と旅の間」)を引いて話を振ってくれたのだが、それをどう跳べばよいのかわからず、相槌しか打てなかった。うーん。うん、そうですね。

 終了後、「もっと喋ったら」と同行のタバブックス・宮川さんにダメ出しされるが、まったくその通りだったので、落ち込むもなにも飲むしかなく、懇親会のビールを求めにカウンターへ向かおうとすると、サイン会があると引き止められる。そ、そうか。陽光さんのもとへ人が並ぶ。「途中でやめる」ファンの人、陽光さんのイベントに何度か足を運んでいるという人、などなど。勝手に編集者モードが発動して、用紙を整理したり次の人にペンを渡したりしていたわたしに「サインお願いします」と本が差し出された。人の好さそうな男性が、ニコッと微笑んでいる。お、おう。サインって、名前書けばいいんだよね? 漢字四文字、自分の名前だけでは心もとない気がして、地名と日付も入れた。「福岡・箱崎で無職 2017.7.22」。演歌のタイトルか。

 続いて、特徴ある帽子を被った男性がサインを求めてきた。もしや、「ノックの帽子屋」でオーダーしました? そうです、と男性は答えた。帽子職人である友人ノックは、偶然にも最近福岡に移住していたが、今日は行商中で不在。サイン中、気の利いた会話をしなければとノックが玉置浩二ファンであることを話して場をつなぐ。

  このような無職の名入りでいいんですか本当にあなた、と口から出そうになるのをこらえ、申し訳なさとありがたさが入り混じった気持ちでサインを終えると、陽光さんが笑顔で手招きした。「スーパー無職を紹介します!」。恐る恐る近づくと、シュッとした男性が挨拶をした。陽光さんが高円寺に住んでいた頃からの古い知り合いだというその人は、2年ほど前から福岡に一人暮らししているという。引っ越してからもはたらくことはなく、アイドルの握手会などに行ったりしていたが、「友だちもいないから壁に向かって喋ってるんです」。えーっ。しかし最近はバイトを始めたり、文学方面の趣味が復活して武田泰淳や金井美恵子を読んでいると言った。お金がかからない趣味に好きなだけ時間を投入できるのは無職の強み。わたしもこのところ趣味のブコウスキーを再読していたので、そこはわかるなあ、という気持ちでスーパー無職の話を聞いた。

 続いて陽光さんはアナキストを紹介した。思想史研究者の森元斎さん。栗原康さんをはじめ、森さんとは共通の知人や意外なつながりがあることがわかった。「ceroのメンバーとバンド組んでたんです」。本の装丁をしてくれた惣田紗希さんはceroのデザインを多く手掛けている。惣田さんがここにいたら、また話が弾んだだろう。

  気がつくと陽光さんは、元気な中年男性と若い女性に囲まれていた。男性は福岡市内にある服飾専門学校の教師で、女性たちは生徒だった。「何かお手伝いさせてください!」。陽光さんより年上と思われる教師は熱っぽく語った。「途中でやめる」を手伝いたいという人に、「まず一緒に過ごしてみてそこからですかね」と陽光さんは答えた。

 IMG_2008 会場には30人を超える人たちが集まったそうで、懇親会にはその2/3くらいの人が参加していた。盛況。なんとなくみんな帰りがたい様子だ。徒歩10分ほどのところに「dancyu」2017年7月号の表紙になった屋台があるとのことで、ぜひ行こうと出発。ノックの帽子を被った男性が案内役をつとめてくれた。

 懇親会の参加者は二次会にほとんど残っていた。大井さんも遅れて到着。活動家の外山恒一さんが活動パンフレットを服飾専門学校の人たちに渡して歓談したり、福岡に転勤して間もないという出版社営業職の男性がスーパー無職とLINE交換したりしている。友だちできたね。

  IMG_2007目の前で展開している「出会い」を眺めながら、かつて陽光さんを取材した記事——綱島温泉での「1000円札握りしめていく結婚式」(「仕事文脈 vol.4」)や、長崎県大村市のバー「半年」(「仕事文脈 vol.9」)の状況を思い出していた。どこに行っても陽光さんは風雲児なのだなあ。

  二次会がお開きになると、タクシーや自転車でみんな三々五々帰っていった。今晩は山下家に宿泊させてもらう。深夜2時をまわり、陽光さんの妻と娘はもちろん眠っていて、起こさないようにそっと廊下を歩いて荷物を降ろした。

  陽光さんがお茶を出してくれた。明日は広島でトークイベントがある。「これダダオがつくったお茶なんすよ」。陽光さんが広島で出会ったダダオは、いま三重県奥伊勢に彼女と住んでお茶づくりをしていて、明日のトークイベントに来てくれるという。「紹介したいです」。陽光さんはくっきり跡がつくように言った。明日は何が、どんな人が待っているんだろう。反省する間もありゃしない。お茶はいい香りがして、喉を涼しくさせた。

(丹野未雪)

【広島編】に続きます!

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