労働系女子マンガ論!

労働系女子マンガ論!第27回『王家の紋章』細川智栄子あんど芙~みん 〜女だって為政者になれるというメッセージ 

(2022/12/6)

労働系女子マンガ論! トミヤマユキコ

 

本連載では「女子×労働」というテーマでマンガを読み続けてきているわけですが、本当に、読めば読むほど、女子の働き方や生き方っていろいろだなと感じます。しかも、単なるフィクション、単なるおとぎ話として閉じてしまうのではなく、読者の実人生とダイレクトに接続し得るようなストーリーもたくさんあるんですよね。その意味で、労働系女子マンガというジャンル自体が、リアルな職業図鑑として発達しつつあると言えるかもしれません。ひとによっては、就職・転職サイトと同様、あるいはそれ以上の影響力があるかも……。

 

こういう書き方をすると、労働系女子マンガは読者にとって身近でわかりやすいお仕事を描くのが得意なんだと思われそうですが、実は振れ幅がかなりありまして、めちゃくちゃスケールのでかい、庶民にはまるで手の届かないようなお仕事を描くのも大得意です。そういう作品を読むと、「女子にやれない仕事はないぞ!」と言われているようで、とても元気が出ます。

 

そんなわけで、今回は『王家の紋章』を取り上げてみたいと思います。なんたって「王家」ですから、スケールのでかさはトップクラス。政治と権力の世界に生きる女たちの仕事ぶりを一緒に見ていきましょう。

 

ひょんなことから古代にタイムスリップ
「便利な道具」から国を動かしていくパートナーへ

BM2j7K0aiKyzud2kfkni6g__本作の主人公は、16歳の少女「キャロル」です。巨大コンツェルンの社長令嬢であり、エジプトに留学してしまうほど考古学に夢中。経済的に豊かなのはもちろん、文化資本も潤沢なのがよくわかります。おまけに可愛くて、愛嬌もあるときている。究極の超ハイスペ女子です。

 

そんな彼女が、ひょんなことから古代にタイムスリップしてしまいます。専門書や遺跡調査などで知るしかなかった世界をこの目で見られるとあって、彼女は大興奮しますが、古代エジプトの民からすれば、見たこともない金髪碧眼の美少女がいきなり現れたのですから、驚かずにはいられません。しかもその少女が、無邪気に「あ、コレ知ってる!」的な発言を繰り返すので、驚きはいや増すばかり。やがてキャロルは、未来を語る「ナイルの姫」として知られるようになり、為政者の間で彼女の争奪戦がはじまってしまいます。

 

ひとりの姫をめぐって複数の王様たちが争っている様子は、「ケンカをやめて♡」状態に見えなくもないですが、ここでのキャロルは「便利な道具」としての価値を認められているに過ぎません。たったひとりで古代にやってきた彼女の不安に寄り添ってくれるひとはいませんし、予言しているんじゃなくて考古学が好きで勉強しただけなんだと言っても、聞く耳を持ってもらえません(マジで人権がない!)。

 

ところが、キャロルは辛く苦しいときも、明るく前向きで愛嬌を忘れない少女なので、だんだんみんな彼女のことが好きになっていくんですね。道具としてじゃなく、ひととして好きになっていく。そして「好き」の感情がライクからラブになるのも、あっという間なんですよ。とくにエジプトの王(ファラオ)であるメンフィスと、ヒッタイト国の王子イズミルがキャロルにお熱で、少女マンガの得意技である恋の三角関係が発生することになります。

 

ここから本作が恋愛マンガになっていくのかというと、案外そうでもないのがおもしろいところ。現在、『王家の紋章』は68巻まで出ていて、彼らの三角関係はまだまだ続きそうなのですが、キャロルが愛するのはメンフィスただひとり。メンフィスもキャロルにぞっこん。完全なる両想いです。

 

イズミル派のみなさんにはたいへん申し訳ないのですが、本作を労働系女子マンガとして読んだとき、やはりキャロルにはメンフィスしかいないんじゃないかと思ってしまいます。メンフィスはせっかちだし、おこりん坊だし、キャロルが現代に残してきたお兄ちゃんのことをちょっと喋っただけでキレちゃうくらい嫉妬深い男なんですが、彼女を妾ではなくちゃんと王妃の座につけ、政治的な発言にも耳を貸すんですよね。キャロルを単なる道具だと思っていたら、こういう扱いにはなりません。彼にとって、キャロルが愛するひとであると同時に、ともに国を動かしていくパートナーでもあるということがよくわかります。


国の行く末を左右するポジションに、女性もちゃんと存在
女だって為政者になれる

 

こうしてキャロルは古代エジプトの王妃として活動することになるのですが、『王家の紋章』において、女の為政者というのはそこまで珍しい存在ではありません。メンフィスの姉であるアイシスも下エジプトの女王ですし、ミノア国の王太后は、病弱な王の代わって国を治めるやり手です。政治の手法もさまざまで、ヒッタイト王の姉ウリアは、イズミル王子を亡き者にするため謀略をめぐらせる頭脳派ですが、アマゾネスの女王たちは、実力行使をモットーとする究極の武闘派です。

 

「政治と権力」の場が男たちだけのものではないのだということを、本作の女たちは教えてくれます。国の行く末を左右するポジションに、女性もちゃんと存在しており、そのメンバーにキャロルも加わるのです。とりわけ、簡単には現代に戻れないかもしれないと悟り、古代で生きていくと腹をくくってからのキャロルは、本格的に為政者としてのマインドを獲得していきます。

 

わたしは!
わたしは自分が古代から逃げ出すことばかり考えて……
わたしのために生命(いのち)を捨てて助けようとしてくれる
エジプト人のことを考えずにいたわ
歴史の傍観者の立場を守ろうと自分の身の心配ばかりしていたわ
許して!
ヒッタイト人はこの戦に乗じてエジプトを滅ぼそうとたくらむ!
そうさせてはならないわ
エジプトを守らなければ……
エジプトを守らなければ!

 

本作は過去の世界を舞台に描かれていますが、そこから未来に(そして読者に)向かって発信されているのは、女だって為政者になれるというメッセージなんじゃないでしょうか。女が国を守ろうとしたって別におかしくないよ。好きな男のとなりでただ微笑んでいるだけが女の人生じゃないからね。そう言われているような気持ちになります。

 

戦争してなんぼという価値観を変革するとき
「政治と権力」に対するイメージが大きく変わる


『王家の紋章』は、もともとお嬢様だったキャロルが王妃になる話です。言ってみれば「雲の上のひと」についての話ですし、共感しようもないはずなのですが、不思議と先を読み進めたくなるのは、この作品がスリラー的な形式を持っているからだと思われます。68巻までの間、キャロルが心から安心できる時間はほとんどないと言ってよく、彼女には次から次へと難問が降りかかり、敵が立ちはだかり続けています。キャロルはつねに「障害と克服」のさなかにある王妃。殿上人として優雅にやってる余裕などないから、こちらの嫉妬心もさほど湧いてこないというわけです。いいなあ、より、大変だなあ、が勝りますからね。


キャロルにとって、王妃の暮らしとは、王の寵愛を受け、贅沢三昧をすることではありません。逆らう者は平気で殺そうとするメンフィスに命の大切さを説き、他国と諍いが起こりそうになればどうにか回避する方法を考え、外交上必要とあれば危険を顧みず異国に出向いていき、エジプト国内にいるときは弱い者や貧しいもののための施策をいくつも考える。自らの持つ権力を自覚し、正しく行使することが、王妃としてのつとめだとキャロルは考えていますし、仕事をサボりたいと思ったことなんて、本当に一度もなさそう……。愛する弟と結婚することを夢見るあまり、弟の妻となったキャロルを殺すべく従者をこき使い、戦略上の必要から愛してもいない異国の王に嫁ぎ……と、私利私欲を爆発させまくっているアイシスとはえらい違いです(アイシスは本当にいったん落ち着いた方がいい)。

また、他の女為政者たちがイエスマンを従者にする中、キャロルは対等に話せる者をそばに置いているのも印象的です。侍女である「テティ」との関係にいたっては、主従関係を超えた女バディの様相を見せています。テティはわたしが『王家の紋章』で一番好きなキャラクターなのですが、それは、キャロルを王妃さまとしてリスペクトしながらも、ただ安全なところに閉じ込めておくのではなく、必要があればルールを破ってでも外に連れ出し、ともに冒険しようとする胆力があるから。ルール違反=即死刑、みたいな価値観の支配する世界で、キャロルのために身体を張れるテティって、本当にかっこいい! あとはキャロルが未来からタイムスリップしてきたことを本気で信じてくれたら、文句ナシなのですが(笑)。

優れた為政者とは優れたブレーンを持つものですが、キャロルもまた自分のために働く者を信じ、その能力を十分に引き出しながら、自分の成長にも繋げています。上に立つ者の理想的な姿ですよね。なかなかまねできることではないと知りつつも、わたしがいつか出世したら、キャロル方式でがんばりたいと思わずにはいられません。


キャロルはこの先ますます政治的手腕を期待されるだろうというのが、わたしの予想です。タイムスリップの要素や恋の三角関係も作劇上は大事ですが、それよりなにより、キャロルにとってもっとも重要なのは、ここで生きていくと決めた古代エジプトの地に根を下ろし、王妃としてどこまでいい政治がやれるかだと思うからです。

研究者由来の好奇心と、上に立つ者としての器。これらが掛け合わされた先にあるのは、腕力だけで物事を解決しようとしない、理知的で平和的な国家の出現かもしれません。史実だから仕方ないのですが、男たちはなにかあるとすぐ戦争しようとするんですよね。未来からやってきたひとりの少女が、戦争してなんぼという価値観を変革するとき、マンガの中でも、そして読者の中でも「政治と権力」に対するイメージが大きく変わるのではないでしょうか(変わって欲しい!)。

 

※「労働系女子マンガ論!」セカンドシーズンは今回が最終回です。無事に最終回を迎えられましたのは、ひとえに読者のみなさまのおかげでございます!そしてお知らせなのですが、書き下ろし原稿などを加えて書籍化する予定があります。詳しい情報についてはタバブックスやトミヤマのSNSをチェックしていただければ幸いです。どうかどうか書籍の方もよろしくお願い申し上げます!

 

トミヤマユキコ

1979年、秋田県生まれ。早稲田大学法学部卒業後、早稲田大学文学研究科に進み、少女マンガにおける女性労働表象の研究で博士号取得。ライターとして日本の文学、マンガ、フードカルチャーについて書く一方、東北芸術工科大学芸術学部准教授として教鞭も執っている。2021年から手塚治虫文化賞選考委員。

 

 

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