労働系女子マンガ論!

労働系女子マンガ論!第22回 『おくさまは18歳』本村三四子〜らしさに悩まない妻、ヒロインをサポートする夫 

(2022/7/6)

労働系女子マンガ論! トミヤマユキコ


かつての日本で描かれていた

はちゃめちゃに自由な主婦

frDGCemG5kX9EBY8IrbThQ__主婦は書類上「無職」となる場合があるけれど、実際には家事労働や育児、介護に従事しており、それらは「アンペイドワーク(無償労働)」と呼ばれる……ということを、現代のわたしたちは知っています。主婦=まったく働いていないという認識は、いまや過去のものです。昨今のマンガを見ていても、三食昼寝つきのお気楽な主婦というのは、なかなか見なくなりました。みんな忙しく立ち働いているし、専業主婦を名乗っていてもパートぐらいはやっている。それが現実世界の主婦像とリンクしていることは、言うまでもありません。

そうした時代の変化を踏まえつつ、かつて日本で主婦がどんな風に描かれていたのかちゃんと見ておきたいと思い、本村三四子先生の『おくさまは18歳』を手に取ったところ、はちゃめちゃに自由な主婦が出てきて驚きました。本作は1969年から70年にかけて『週刊マーガレット』で連載されました。時代が時代ですから、きっと保守的だろうなとか思っていたんですが、18歳の若奥様「リンダ」は「温かな家庭の主婦」的なイメージからはかけ離れた女子であり、「こんな主婦もアリなのかよ!」と思うと、なんだか元気になれます。


夫が結構モテることに気づき
職場に乗り込むリンダ

リンダの夫は、アメリカにあるカレッジ「スイートピー学園」で心理学を教えるリッキーという男性です。1週間の新婚旅行を終えたリンダは、新居で暮らすようになって初めてリッキーが結構モテるということに気づきます。質問しているフリで、本当はお近づきになりたいだけの女子学生がたくさんおり、中には自宅にまで電話をかけてくる猛者も。リンダがリッキーと出会って愛を育んだのは、リンダの地元だったので、職場でのリッキーがどんな様子なのかは、結婚するまでわからなかったのです。

しかもこのリッキーがとんでもなく優柔不断な男で、結婚したことを発表しないんですね。「18歳のおくさんをもらったなんて ちょっとてれくさかったんだよ そのうち言うさ」……って言ってますけど、言わないんですよ! チヤホヤされなくなるのが嫌だから黙っているのかと問い詰めると、そうじゃないって言うんですけど、怪しいです!

そこでリンダがどうしたかというと、スイートピー学園に入学することにします。つまり夫の職場に乗り込むわけですね。しかし学長からの言いつけで、結婚していることは徹底して伏せることになりました(教員と学生の恋愛・結婚を基本的に禁止しているあたり、倫理観がしっかりしている学校だなと思いました)。なんとか大学に通えるようになったリンダですが、妻だと言えないせいで、リッキーを狙う女子学生とそう変わらなくなってしまいます(笑)。もちろん、この本末転倒のせいで、ラブコメとしては俄然おもしろくなるのですが。

 

仕事に肩入れしないからこそ
逆にどんな仕事にも挑戦できてしまう

まだ18歳だからということもありますが、リンダは家事も料理もイマイチで、お金の使い方もへたくそです。妻としてそれらの能力を磨くという手もあるとは思うのですが、彼女は花嫁修業的なものには手を出しません。たぶん、シンプルに興味がないんでしょうね(笑)。

かといってその他の仕事にもそれほどやりがいを見出していないのが、リンダのおもしろいところです。薄給の夫を助けようと看護助手のアルバイトにチャレンジしますが、一日でクビになっていますし、有名監督に見出され、清純派スターとして映画デビューを果たしますが、最終的には「将来あたしがなりたいのは……あたしがなりたいのは…平凡なおくさんなんです」と言って、次回作のオファーを断ってしまいます。看護師や映画スターは労働系女子マンガ界ではよくある(そして人気の)仕事ですが、リンダは仕事を通じた自己実現を目指さないのです。

彼女が気にしているのは、リッキーが自分を愛してくれているかどうかの一点のみ。「結婚した以上は○○せねばならない」と思ってしまいがちな読者からすると、リンダの自由さは本当に驚異だと思います。だって「妻らしさ」とか「主婦らしさ」について悩むことすらないのですから。

 ものすごい恋愛体質の主婦。それがリンダの正体です。仕事に肩入れしないからこそ、逆にどんな仕事にも挑戦できてしまうし、成功してもあっさり捨てることができてしまう。これはフィクションだからこそ描ける最強の主婦と言っていいんじゃないでしょうか。

 ただ愛するひとを思って、好きなように働いたり働かなかったりする。リッキーが高給取りならば、リンダの自由さは有閑マダムのそれなのですが、貧乏なのに自由なのがすごい。

 60年代末にこんなにも自由な新婚カップルがいるなんて……とにもかくにも古い作品だから保守的だと思い込むのはよくないですね。読者の理想を描くのに長けたマンガというメディアにおいて、時代を先取りしていることなんていくらでもあるのだと改めて痛感しました。

 

妻の考えや行動を制限するということがないリッキー
サポートする王子様の萌芽が

リンダのキャラクターが成立するためには、夫の存在も不可欠です。さきほどリッキーを「とんでもなく優柔不断」と書きましたが、その性格のおかげで、妻の考えや行動を制限するということがない(できない)のです。わたしだったら大学の教室に配偶者がいるのはかなり嫌ですが(笑)、リッキーは「フーどうもやりにくいよ」とか言うだけで、拒絶はしません。そしてリンダが映画スターになった際には、端役の演者として現場に紛れ込み、ひそかに妻の様子をうかがっています。ちなみに、リンダの家事能力の低さについても文句を言いません。状況に流されやすいお人よしであるがゆえに、マッチョな男になりきれず、妻に強権を発動することもないというわけです。

古き良き「リードする王子様」はヒロインを守ったり導いたりしますが、ヒロインの活躍を見守る「サポートする王子様」というのもいて、その例としてわたしはよく『美少女戦士セーラムーン』のタキシード仮面(地場衛)を挙げます。そして、男らしさという観点からは非力に見えるかもしれないけれど、ヒロインの自己決定をリスペクトし、サポートする姿もじゅうぶんカッコいいと力説するのですが、リッキーからはサポートする王子様の萌芽が感じられます。なんたって、ヒロインをここまでコントロールしない王子様は稀有ですから。がんばれリッキー。ただのお人好しを超えて、リンダをサポートする王子様になってくれ。

 

あわただしかったリッキーとリンダ夫婦にも
やっと平和がおとずれました
でも このつかのまの静けさが
元気なベビーにひっかきまわされるのも
もうまもなくでしょう

 

『おくさまは18歳』は、妊娠の発覚したリンダが幸福な家庭の主婦になるだろう予感とともに幕を下ろしますが、リッキーの代わりに授業をやれちゃったり、映画スターとしていきなり売れちゃったりするリンダには恐らくものすごい才能があるので、この先も主婦業以外のあれやこれやに軽率に手を出して欲しいと願わずにはいられません。

トミヤマユキコ

1979年、秋田県生まれ。早稲田大学法学部卒業後、早稲田大学文学研究科に進み、少女マンガにおける女性労働表象の研究で博士号取得。ライターとして日本の文学、マンガ、フードカルチャーについて書く一方、東北芸術工科大学芸術学部准教授として教鞭も執っている。2021年から手塚治虫文化賞選考委員。

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