労働系女子マンガ論!第24回『美少女戦士セーラームーン』 武内直子 〜未来を見据えた自己分析、働きやすい組織ー労働から読み解く戦闘少女マンガ〈後編〉
(2022/9/7)
前編から続きます!
「女だらけの職場」で自由に動くセーラー戦士
異性装や同性愛、疑似家族の形成などのモチーフも
セーラームーンを支え、彼女の重責が少しでも軽くなるよう努力しているのが、その他のセーラー戦士たちです。マーキュリー、マーズ、ジュピター、ヴィーナス……これ以外にもたくさんのセーラー戦士が登場します。彼女たちは言ってみれば「女だらけの職場」で働いているわけですが、組織らしい組織はなく、トップダウンの意志決定スタイルも採っていません。うさぎというワンマン社長の命令にみんなが従う、というのとはちょっと違うのです。うさぎを守り、世界を守る、という使命さえ理解していれば、ある程度自由に動くことができるのが、この職場の大きな特徴だと思います(給与体系が謎なのだけちょっと気になるけど、かなり働きやすそう!)。
たとえば、外部太陽系と呼ばれるセーラー戦士たち(ウラヌス、ネプチューン、プルート、サターン)は、うさぎたちとずっと一緒にいるわけではありません。セーラー戦士の集団からあっさり離脱したり、ときにうさぎたちと対立するような行動を取ったりもするのですが、それを咎められることはありません。たとえ協調性がないように見えても、うさぎを守り、世界を守る、という使命の範囲で動けているのであればそれでOK。女だらけの世界は同調圧力が強い、というイメージを持たれがちですが、うさぎたちにそれは当てはまらないようです。
なお、ウラヌスたちからは、同性愛や異性装、疑似家族の形成といったモチーフを抽出することもできます。彼女たちの働き方は、言ってみれば、本社への転勤を断って、自分の強みを活かせる地方営業所に根を下ろし、血の繋がらない子どもを同性のパートナーと育てているようなもの。しかも、そのことで誰からも文句を言われないのです。なんてLGBTQ+フレンドリーな職場なんだ。90年代の時点でこのような価値観を提示した作者の武内先生にも驚かされます。
あくまで後方支援に徹し、弱さを認める
画期的な王子様像のタキシード仮面
そして、最後に書いておかねばならないのは、タキシード仮面のことです。女だらけの職場において、ほぼ唯一の男性である彼は、セーラー戦士のサポート役に徹しています。現実世界では、女性社員の手柄を男性上司が手柄を横取りする、なんて状況があり得るわけですが、タキシード仮面はそういうことを一切しないんですよ。あくまで後方支援に徹する姿勢は、彼のセリフにもよく表れています。三箇所ほどご紹介しますので、読んでみてください。
変身するんだ!セーラームーンに!
わたしにはこの事態は
どうすることも出来ないんだ
君だけだ 皆を救えるのは!
……オレの力 か
…オレは無力さ
……時々考えてしまう
オレは何のために生まれ変わってきたのか と……
あいつには守ってくれる四人の戦士がちゃんといる
だが 彼女達が欠けた今
オレが あいつを守ってやらなきゃならないのに
非力なオレはあいつを守れない
何の力にもなってやれない
君は君の道を迷わず信じて進んでいいんだ
迷ったり 不安になった時は
オレが力になる
こんな 無力なオレを
君は ここまで呼び寄せてくれた
もしも オレを必要としてくれるなら
ありったけの オレの命の力 全部 君に預ける
君のものだ
うさこの力になるためにオレの命はあるんだ
だから君は迷わずに戦え
いかがでしょうか。いずれのセリフでも自分が「無力」「非力」であることを全面的に認め、うさぎをはじめとするセーラー戦士こそが戦うべきだと主張していますよね。
自分にはできないが、君にならきっとできる。この「弱さをさらけ出せる強さ」がタキシード仮面のすばらしいところ。ヒロインにひと目ぼれされ、愛されまくる素敵な王子様でありながら、こんなにも弱さを認めている。これは王子様像としてものすごく画期的だと感じます。そして、彼がこういう性格だからこそ、うさぎたちは全力を出せるのだと思います。「暴力的な女はちょっと……」とか言う王子様だったら戦いようがないですからね(笑)。
リードする王子様ではなく、サポートする王子様こそが、女たちを輝かせる。わたし個人は、『セーラームーン』以降、こういう王子様がじわじわと増えてきているように感じていて、それをとてもいいことだと思っています。強くてかっこいいだけが王子様の条件じゃないよ、というメッセージは、読者を「男らしさの呪縛」から解放するものだと感じるからです。
女が強く自由であることを肯定され
男が非力でも責められない、誰にでも働きやすい組織
しかしながら、女たちがゆるく繋がり、やるべきことさえ理解していれば自由に行動でき……という組織は、世間から「そんなのうまくいかないよ」と言われてしまいそうです。多くのひとはまだまだ男性中心的な組織やトップダウンの形式に安心感をおぼえるのだろうと思いますし、それはそれで仕方がないのですが、女が強く自由であることを肯定され、男が非力でも責められない組織は、伸び伸び働きたい女だけでなく、男らしさに組み敷かれながら生きるのがしんどい男たちにとっても働きやすいのではないでしょうか。食わず嫌いをしないで試しにやってみたら、案外うまくいくんじゃないか……そんな気持ちにさせてくれるのも、この作品のすごいところ。恋や魔法の物語としてだけでなく、労働系女子マンガとして読む意義も十分にある作品だと思います!
トミヤマユキコ
1979年、秋田県生まれ。早稲田大学法学部卒業後、早稲田大学文学研究科に進み、少女マンガにおける女性労働表象の研究で博士号取得。ライターとして日本の文学、マンガ、フードカルチャーについて書く一方、東北芸術工科大学芸術学部准教授として教鞭も執っている。2021年から手塚治虫文化賞選考委員。
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