労働系女子マンガ論!第24回『美少女戦士セーラームーン』 武内直子 〜未来を見据えた自己分析、働きやすい組織ー労働から読み解く戦闘少女マンガ〈前編〉
(2022/9/6)
魔法少女や戦闘少女の物語は、少女マンガの人気ジャンルですが、わたしに言わせれば、彼女たちも立派な労働系女子です。ご近所さんから、宇宙の果てにいたるまで、いろんな場所に赴いては悪者を追い払い、その地に平和をもたらすのが、彼女たちの仕事です。
今回取り上げるのは、『美少女戦士セーラームーン』。魔法少女モノにして、戦闘少女モノ。作品自体をよく知らない方でも「月にかわっておしおきよ!」という決め台詞くらいはご存知なのではないでしょうか。原作マンガは1992年から97年にかけて『なかよし』(講談社)で連載されていましたが、当初からメディアミックスがさかんで、アニメ版、実写版、劇場版、ゲームにおもちゃにミュージカル、最近では展覧会まで開催される人気ぶりです。日本のみならず、世界中で愛され続ける大ヒットコンテンツですが、今回は原作マンガのみにフォーカスして、セーラー戦士たちの労働環境、労働観に迫ってみたいと思います。
定められた未来から逆算して
どう行動すべきか考えなくてはならないうさぎ
主人公の「月野うさぎ」は、おしゃれでかわいいシティガールですが、泣き虫で、ねぼすけで、勉強が苦手——つまりどこにでもいそうな女の子でもあります。
彼女の住む東京の麻布十番では、「セーラーV」なる正義の味方が悪者退治を行っており、その活躍ぶりはメディアでも話題になっています。うさぎは、セーラーVについて「勉強しなくていい」「悪役退治なんてスカッとしそう」と語ります。悪者相手に立ち回るのですからとても危険ですし、正義のためとは言え暴力をふるってもいるのですが、うさぎはそんなセーラーVに対し、女の子らしくないと眉をひそめるどころか、「いいなあ」とつぶやいている。そう、この作品世界において、暴力は男の子の専売特許ではないのです。セーラーVを追いかけるようにして、うさぎもセーラー戦士として悪者退治をすることになります。
うさぎがセーラー戦士であることを教えてくれるのは猫の「ルナ」、いわゆる「使い魔」ですね。魔法が関係する作品には必ずといっていいほど登場する動物の相棒です。ハリー・ポッターに白ふくろうのヘドウィグがおり、竈門炭治郎(『鬼滅の刃』)に鎹鴉(かすがいからす)の天王寺松衛門がいるように、うさぎにはルナがいるのです。
あのね
うさぎちゃんは選ばれた戦士なの!
うさぎちゃんには使命があるのよ!
仲間を集めて敵を倒すの!
そしてあたし達のプリンセスを捜し出して
そして……
ルナは、うさぎが何者で、なにをすべきかを、はっきり述べています。ひとは成長の過程で、将来の夢とか希望の職業についてああでもないこうでもないと考えるものですが、うさぎの場合、セーラー戦士=天職だといきなり宣言されるのです。前世ですでにセーラームーンだったのだから、あとは現世でそのことを思い出すだけ、という状態ですね。
とは言え、うさぎはまだ中2ですから、わたしなどは、もう少し大人になってからじゃダメだったのかな〜と思ってしまうのですが、碇シンジがEVA初号機に乗ったのも中2のときですし、歴史を遡れば(時代によって多少の差異はあるものの)元服の年齢もそのくらいなので、まだまだ若いけれど大人の世界に入ることを許される年齢ではあるのかもしれません。天職のあるひとは大変だ……。
将来なにをしたいかわからないひとからすれば、あなたの天職はコレだよと教えてもらえるなんてラッキーじゃん、ということになるのかもしれません。試行錯誤をしなくとも、最短最速で人生の正解に辿り着けるのを羨ましいと考えるひともいそうです。しかし、見方を変えれば、定められた未来から逆算していまどのように行動すべきかを考えなくてはならないので、なかなか大変です。とくにうさぎは、世界の命運を左右する立場でもあるので、ひとつひとつの判断が、とても大事になってきます。
『セーラームーン』連載当時
日本の就活に「自己分析」が導入された
ここで少し物語を離れますが、『セーラームーン』連載当時、日本の就活シーンに、「自己分析」という手法が新たに導入されました。就職・転職で自己分析をするのはいまや当たり前のことみたいになっていますが、実はけっこう歴史が浅いのです(※)。
就活に導入された「自己分析」では「未来」の要素がかなりのウェイトを占めていました。どういうことかというと、ただ自分を客観視できているだけではダメで、未来の自分から逆算して現在の自分を規定し、プレゼンしなくてはならなくなったんですね。つまり、未来は働きながら見つけていくものではなく、働く前からある程度は見えていなくてはならず、未来に向かっていまの自分をチューニングする必要が出てきたわけです。
未来を見据えていまの自分をチューニングする「自己分析」の考え方は、うさぎの考え方とよく似ています。うさぎは、自分が30世紀の未来において、ネオ・クイーン・セレニティという名の女王にならねばならぬことを知っています。それを踏まえた上で、いまセーラームーンとして目の前の戦闘をがんばっているのです。前世からやっている仕事とは言え、まじめに取り組んでいて本当にえらいですよね。強い使命感があるからこそできることです。なにも考えず、流されるようにライターになったわたしには無理なやつだ……。
※就活と自己分析の関係については、香川めい「就職氷河期に『自己分析はどう伝えられてきたのか —就職情報誌に見るその変容過程—」(『ソシオロゴス』NO.31、2007)をご参照ください。自己分析が恐るべきスピードで就活に食い込んでくる過程を知ることができます。
後編に続きます!
トミヤマユキコ
1979年、秋田県生まれ。早稲田大学法学部卒業後、早稲田大学文学研究科に進み、少女マンガにおける女性労働表象の研究で博士号取得。ライターとして日本の文学、マンガ、フードカルチャーについて書く一方、東北芸術工科大学芸術学部准教授として教鞭も執っている。2021年から手塚治虫文化賞選考委員。
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