労働系女子マンガ論!第20回『ベルサイユのばら』池田理代子〜自分の運命を切り拓く意欲あふれる「ベルばら」の女たち〈前編〉
(2022/5/10)
みなさん大変ご無沙汰しております。
突然の連載再開ですみません。さっき見たんですけど、前回の原稿をアップしたのが2016年でした。あれから6年も経っていたとは。体感では3年くらいだったのに。時の流れって恐ろしいですね。
「労働系女子マンガ論!」のセカンドシーズンをはじめようと思ったのには、理由があります。
ひとつは、女の生き方、働き方をめぐる状況がここ数年で大きく変化したことです。以前連載していたときには、#MeTooも#KuTooもありませんでしたし、フェミニズムを巡る議論も(あるにはあったが)ここまで大きな広がりを見せてはいませんでした。このような変化は、読者のマインドセットを変えるものであり、研究者であるわたし自身の読みにも少なからぬ影響を与えます。いま労働系女子マンガを読んだらどうなるか、ぜひ試してみたいと思ったのです。
そしてもうひとつは、過去の名作に普遍性があると痛感したこと。6年前のわたしは、発表されて日の浅い作品を取り上げることで、現代日本の働く女表象はこうなっているのだと伝えたい気持ちがありました。しかし、過去作品を読んでいると、「ものすごくわかる……というかこの状況はいまも全く変わってない」みたいな気持ちになる瞬間が多々あったのです。コアの部分が古びていないのであれば、発行時期にとらわれず「いま読むべき作品」として紹介したい。そう思うようになりました。また、新しいものと古いものを読む事で、ここ何十年かの間に何が変わって、何が変わらなかったか(変えられなかったか、とも言う)を知ることもできます。つまり過去作を排除する理由はどこにもないのですよね。
そんなわけで、セカンドシーズンでは過去の名作を中心に労働系女子の様相を見ていきます。よろしくお付き合いください。
よりよいキャリアのためならば降等も武者修行も厭わない
それがオスカルの働き方
今回取り上げるのは、池田理代子『ベルサイユのばら』。少女マンガの金字塔とも言うべき超名作です。革命期のフランスを描いた歴史モノにして、はかなくも切ない男女の愛を描いた一大ロマン、というのが一般的なイメージかと思います。しかし労働系女子マンガとして読んでも非常におもしろい作品です。
この作品に欠かせない労働系女子と言えば、やはり「オスカル」ことオスカル・フランソワ・ド・ジャルジェですよね。彼女の仕事は、お城や王族を守る「近衛兵」です。ジャルジェ家は、「フランス王家の信任もあつく代々王家の軍隊を統率してきた由緒ある家」ですから、誰かしら軍人を輩出しなくてはなりません。オスカルが軍人となったのも、女の子ばかり生まれることに業を煮やした父親が6番目の娘であったオスカルを男として育てるよう命じたためです。幸か不幸か、オスカルは父の命に背くことなく、すくすくと育ちました。その意味で彼女は典型的な「父の娘」です。
父親の望み通りジェルジェ家の伝統を継承して見せた女軍人オスカルは、まごうかたなきサラブレッドなわけですが、そんな彼女が、みずからエリート街道を外れ、荒くれ者だらけの「衛兵隊」に転属するエピソードがあります。
どれだけ真摯に仕事をしても庶民から「王妃の犬」と思われてしまうこと、それほどに民衆の暮らしが貴族社会によって圧迫されていることを知ったオスカルは、自分が温室育ちに過ぎないことを自覚します。そしてマリー・アントワネットのところに行き、当時世間を賑わせていた「黒い騎士」なる盗賊を取り逃がしてしまったことを表向きの理由にして、近衛隊を辞めさせて欲しいと願い出るのです。出世できればなんでもいいのではなく、職業人としてきちんと中身を磨き、よりよいキャリアのためならば降等も武者修行も厭わない。それがオスカルの働き方です。
女であり貴族である彼女を快く思わない男たち
男性中心社会で働く女性エリートの苦悩がここから
なんとかマリー・アントワネットの許可をもらい、衛兵隊にやってきたオスカルですが、基本的に貴族で組織されていた近衛兵とは明らかに様子が違います。女であり貴族である彼女を快く思わない男たちによる、憎悪の空気がむんむんなのです。どいつもこいつも言うこときかないので、ちょっとした学級崩壊状態。男性中心社会で働く女性エリートの苦悩がここからはじまります。
上官としてのオスカルが徹底したのは「強権を発動しない」ということでした。もともと貴族で身分は高いですし、見かけ倒しじゃなく軍人としての実力もあるので、偉そうにふるまうこともできなくはないのですが、オスカルは決してそれをしませんでした。
おまえたちを処分するのなどかんたんなことだ!
わたしにはそれだけの権力がある!
だが 力でおまえたちをおさえつけることに何の意味がある!?
おまえたちの心まで服従させることはできないのだ
心は自由だからだ!
「心の自由」を尊重するオスカルは、どれだけ部下が反抗的であっても、辛抱強くつきあってやり、相手の気持ちが変わるのを待ちました。母性由来の包容力とはまた違う、人間として、上官としてのクソでか包容力です。
先ほどの言葉を聞いた部下たちは、ようやくオスカルがただの甘ちゃん貴族でないことを理解します。よかったよかった。いや待って。本当によかったのか。部下たち、ちょっと気づくのが遅くないか。派遣されてきた上官が貴族の男だったら、こうはなっていなかったよね。あんたたちのしょうもない偏見がなければ、最初からうまくやれていたのに。そう言いたくなります。ただ、当時の社会のあり方を考えると、貴族の女がまさかここまでちゃんと個人を尊重しながら部隊を率いていくつもりだとは、想像すらできなかったのかも知れません。
男として育てられ、長男のように扱われてきたのに
いきなり娘の役割を
『ベルばら』は、軍人としてのオスカルの成長だけでなく、労働系女子マンガではお馴染みの「仕事か結婚か」問題も描いています。男として育てられ、本人もそのつもりでやってきていたオスカルに、あるとき見合い話が。しかも父親が賛成しているというのです。
結婚……?
強くかしこい子どもを生め……?
どこをどうおせばそんなばかげた考えがわいてでるのだ
このわたしに…………結婚!
長男のように扱われてきたのに、いきなり娘の役割を押し付けられたのですから、理解に苦しむのも当然です。そもそもオスカルは『リボンの騎士』のサファイアのように、自宅ではドレスを着て女の子らしく過ごしたい、というタイプではありません。ふたりとも戦う女ではありますが、そこには大きな違いがあります。それなのにいきなり女の部分を要求されても困りますよね……。
その上、オスカルにはフェルゼンが好きだったのに諦めたという動かしがたい過去があります。フェルゼンがマリー・アントワネットと恋愛関係にあると知りながらも惹かれずにはいられなかったオスカルですが、最終的に軍人として&男として彼と向き合っていく道を選びました。恋よりキャリアを優先する形で失恋しているのです。
オスカルの強い拒絶に遭い、見合い話はあっという間になくなりました。それほどに彼女の職業意識が高かったということもありますが、ひょっとすると、ジェルジェ家にいた女たちの影響もあるかもしれません。ばあやはジャルジェ家のお世話役として生涯現役を貫きましたし、母親もマリー・アントワネットの主席侍女として働きました。ふたりとも、言ってみればプロのサポート役です。軍人の仕事も国家や人民の安寧をサポートするためにあるのですから、根本部分は共通しています。
オスカルだけが女軍人という特殊な仕事をしているように思えるのですが、ちょっと見方を変えると、ジェルジェ家の働く女には「誰かをサポートする」という共通点があります。ラスト近くで民衆と手を携え、王家と戦うことを選んだオスカルは、最後までサポートに徹したひとだと言えるかもしれません。
(後編に続きます!)
トミヤマユキコ
1979年、秋田県生まれ。早稲田大学法学部卒業後、早稲田大学文学研究科に進み、少女マンガにおける女性労働表象の研究で博士号取得。ライターとして日本の文学、マンガ、フードカルチャーについて書く一方、東北芸術工科大学芸術学部准教授として教鞭も執っている。2021年から手塚治虫文化賞選考委員。
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