トミヤマユキコ

労働系女子マンガ論!第11回 『ZUCCA×ZUCA』はるな檸檬〜 誰よりも宝塚を愛する者の労働観 

(2014/2/28)

労働系女子マンガ論! トミヤマユキコ

ヅカオタの生態を描きながら
何か/誰かにハマったことがある人々の共感を呼び込む

51QhVwZwKkL._SL500_AA300_仕事探しの際に「趣味と仕事のバランスをどうするか」について悩んだことがある人は、けっこう多いのではないでしょうか。趣味を楽しみたいから、完全週休二日制を死守するか、逆に、趣味を生かせる仕事に就くことで、労働時間を楽しめるようにするか……。どちらにも短所と長所があって、なかなか難しい選択です。

大学で非常勤講師をしているわたしのところにも、ときどき学生さんが質問に来ます「趣味と仕事のバランスについて、先生はどうお考えですか?」と。彼らより10年以上長く生きているわたしですが、正直なところ正解がなんなのか、まだ分かりません。大好きなマンガで仕事ができていることは幸せですが、仕事としてマンガを読み始めると、趣味のマンガを読む時間が削られることもありますし。というより、仕事のマンガと趣味のマンガというカテゴリー自体、この仕事をしていなければ決して生まれなかったように思います(ちょっと切ないですよね)。でも、マンガを読んでマンガについて書く人生は、気に入っているしな……。などと、自分のことに引きつけると、考えがごちゃごちゃしてきてしまうので、趣味に生きる女たちの労働観が学べるマンガをさっそくご紹介しましょう。

はるな檸檬『ZUCCA×ZUCA』は、宝塚にハマってしまった人たちの生態が描かれた作品です。現在、単行本が6巻まで出ています。だいたい5〜6コマでひとつのエピソードが完結するスタイル。内容をごく簡単に説明するのであれば、ズバリ「ヅカオタあるある」です。3巻の帯に「ジャニオタ、アニオタ、ミュオタ、ドルオタ、二次元、特撮、バンギャ、韓流、声優……ハマったことのある方にはオススメです」(注1)と書かれているように、本作は、ヅカオタの生態を描きながらも、何か/誰かにハマったことがある人々の共感を呼び込むものになっています。対象は違えど、情熱の傾け方、もっと言えば「狂いっぷり」は同じというワケです。

しかしここで「わたしは宝塚のことも、韓流のことも知らないし、オタクじゃないから読めないかも」なんて思わなくても大丈夫です。宝塚を一度も観たことがなくても入って行ける、たいへんリーダブルな内容になっていますので。

たとえば「サマーカード」というエピソードでは、ファンクラブから届いたとおぼしきハガキに印刷された「壱城あずさ様」を見た女性が「ごふっ」と咳き込み「こんな男が実在しないことが…もはや救いだな…」とつぶやいて終わります。べつに壱城様を存じ上げなくても、この感覚は分かるハズ。ステキすぎて辛い。この感覚は、べつに何かのオタクじゃなくても、「誰かを好きになってしまうことの悲哀」として理解できるものです。こうしたエピソードを繰り返し(しかもコミカルに)描くことで、非オタ読者にも「分かる」と思わせ、作品世界に没頭させる仕掛けがあるのです。

趣味を突き詰めると、仕事にも真剣に取り組まざるを得ない
というジレンマ

本作に登場するヅカオタたちの人生は、言うまでもなく「趣味>仕事」ですが、しかし、趣味を続けていくためには、なんといってもお金が必要。本気のオタクたちは、ひとつの公演を繰り返し観たり、地方に遠征したり、グッズも観賞用と保存用に分けて購入したりと、とにかく「お金でなければ解決できない事項」が多いのです。「AKB商法」(注2)が登場するずっと前から、オタクがオタクであるためには、情熱の他にお金を持っていなければならなかったことを、ヅカオタたちは身をもって証明しています。

そうした現実を『ZUCCA×ZUCA』はとてもリアルに描いています。ヅカオタのマンガなのに、劇場のシーンだけでなく、職場のシーンがとても多いところにも、リアルさが見て取れます。たとえば最新巻だけ取り上げてみても、全120話のうち、登場人物が仕事場にいるエピソードは33。けっこうな数ですよね。「長い残業もチケット代稼ぐと思えばなんてことないわー!」と叫びながら残業を乗り切ったり、職場内で新規のファンを獲得しようと動き始めたり。仕事と宝塚が分かちがたく結びついている様子が活写されています。

必死で働き、ギリギリまで有給を取って、宝塚を楽しむ彼女たちは、ほどほどに働いて、ほどほどに遊ぶタイプの労働者とは覚悟と重みが違います……本作に描かれているのは、「仕事か趣味か」の二択ではないのです。むしろ、趣味を突き詰めると、仕事にもある程度真剣に取り組まざるを得ない、というジレンマがちゃんと描かれています。わたしたちの多くは、趣味に生きたいから、仕事はほどほどでもいい……という風に考えがちですが、それは趣味を「ほどほど」にしかやらない人にのみ当てはまる考え方。趣味がガチだと、自動的に仕事も真面目にやらざるを得なくなるのです。

そのせいか、本作に登場するヅカオタたちはみな、どれだけ脳内がヅカのことで埋め尽くされようとも、仕事熱心に見えますし、ほっこりとは真逆の方向に向かって生きているのに「丁寧に生きる」というキャッチコピーが似合いそうな暮らしぶり。たとえば「なおさん」というヅカオタさんは、会社に自作のお弁当を持って来ています。

「あーなおさん!今日お弁当なんですかー?」
「うん…作ってみたの」
「すごーい!女子力たかーい!」
「いやーそんなことないよ…」

ここから、お弁当を褒められたヅカオタさんの妄想がはじまるのですが、その内容はまさに丁寧に生きる女子そのもの……ヅカの部分を見なければ、ですが。

(壮さんの公演観まくるための節約ではじめた自炊だけど…ダイエットにもなるし…もちろん節約にもなるし さらには女子力アップとか言われちゃうなんて…)

 「壮さん」のパワーおそるべし、宝塚パワーおそるべし。そしてなにより、ここまで入れあげることができる情熱おそるべしです。

「男とつがいになるべし」というメッセージを周到に回避
恋愛や結婚は必要事項ではなく「オプション」

そして、本作を女子労働系マンガとして見たとき、多くの作品で採用される「適齢期の労働系女子にとって、仕事と恋愛のバランスをどうするのがベストなのか」といった命題がもはや取り沙汰されないことに、改めて時代の潮流を見る思いがします。自分を愛してくれる男を見つけて結婚するのか、男は諦めて仕事に生きるのか、といった二択がここでは全く描かれないのです。未婚の人は未婚なりに、既婚の人は既婚なりに、宝塚を最優先事項として生きている姿は、とても清々しい。

そして、忘れてはいけないのは、作者のはるな檸檬が、東村アキコのお弟子さんだということ。東村アキコと言えば『海月姫』で、趣味に生きるオタク女子たちを大量に登場させていますし(彼女たちのスローガンは「男を必要としない人生」です)、本連載の第2回で取り上げた『主に泣いてます』でも、ヒロインにいわゆる「ロマンティック・ラブ」に従属しない、もっと自由な生き方を選択させていました。彼女たち師弟は、少女マンガがその歴史の中で繰り返し描いてきた「男とつがいになるべし」というメッセージを周到に回避し、恋愛や結婚を必要事項ではなく「オプション」の位置にズラすことで「好きなことのために生きる」女子の楽しそうな姿を読者に見せてくれます。

もちろん、現実を生きるオタク女子たちは、恋愛や結婚はオプションだと完全にふっきれているワケではないでしょう。このまま趣味だけやってていいのかなと不安に思っているかも知れない。しかし、これまで見てきたように、趣味に生きたとて、仕事をほどほどに出来るかと言えば、必ずしもそうではないし、結婚しても、夫以外にヅカというトキメキの対象があることで、夫婦円満が長続きするというパターンもあり得る。『ZUCCA×ZUCA』は、「仕事か趣味か」「仕事か恋愛か」といった二者択一がいかに不毛かということ、そして、どんな女子にとっても、ハマれる趣味がある人生は愉快なものだということを教えてくれる作品なのです。

(注1)ジャニオタ(=ジャニーズオタク)、アニオタ(アニメオタク)、ミュオタ(ミュージカル版「テニスの王子様」のオタク)、ドルオタ(アイドルオタク)、バンギャ(バンドギャルの略称)。ジャンルや作品によってオタクたちは細分化されています。

(注2)AKB48の販売戦略のひとつ。CDを買うと握手会やイベント等に参加できるという特典に引きつけられたファンが、曲を聴くだけなら1枚でいいハズのCDを何十枚、人によっては何百枚も購入し、アイドルと触れあう権利を手に入れる現象に批判が集まりましたが、いまや、アイドルと接触する権利をお金で買うのはAKBだけでなく広くアイドル業界に浸透した慣習になりつつあります。

トミヤマユキコ(@tomicatomica)
ライター・研究者。1979年秋田県生まれ。日本の文芸やサブカルチャーを得意分野とするライター だが、少女メディアに描かれた女の労働について研究したり論文を書いたりする研究者としての一面も。現・早稲田大学文化構想学部非常勤講師。主な論文に 「安野モヨコ作品における労働の問題系」(『早稲田大学大学院文学研究科紀要 第57輯』所収)などがある。趣味はパンケーキの食べ歩き。

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