へんしん不要

へんしん不要〈第24通〉なんでもない日にホテルに泊まる 

(2019/5/29)

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イラスト・題字 のむらあい

メールもちい
こんにちは、調子はいかがですか。ついこの間までは夜風に体を冷やしていたはずなのに、ここ数日は完璧に真夏の暑さでしたね。熱中症などにはなりませんでしたか? 私はなりました。もう、これから梅雨がくるなんて信じられない……。夏本番を迎える前に、体力が底をついてしまいそうです。

 この間、お台場のホテルに一人でお泊まりをしました。人混みに疲れていたり気が急いていたり悩み事が解決しなかったり、とにかく頭がパンパンで、静かなところに避難したかったのです。人がいなくて、音や文字の刺激がなくて、外の空気がたくさん吸えて、眺めの良いところへ。

 前の日の晩にじゃらんで予約を取り、15時のチェックインに合わせて家を出ました。新宿でりんかい線に乗り換える途中、マークスアンドウェブで使い切りのバスソルトを買っていきました。プラザにも寄ったら「ちょっとだけひとやすみ」と書かれたクナイプのバスソルトがあり、その文言とパッケージのペンギンが胸を打つものだったので、それも買います。どちらもミントが入っていたので「自分はスーッとしたいのだな」と思いました。日の高い時間に外に出るのは結構久しぶりで、電車の中から陽光に黄色く光る建物を見るのが新鮮でした。

 平日だったこともあり、お台場はとても静かでした。まったくの無人というわけではないけれども、少なくとも半径5メートル以内に人はいない。駅からホテルまでは15分ほど歩きましたが、それだけでもう息の吸える感じが新宿とは全然違う、と思いました。


 私は埋立地がとても好きです。道が広々としていて、人の生活の気配がなくて、すべてが真新しくつるっとしていて、情報が整理されきっていて、できたてのゲームのフィールドみたい。何も考えず、安らいで、好きな方を向いて、好きな速さで歩くことができる。東京の真ん中の方では、自分は常時何かに萎縮したり緊張したりしている気がします。音や光や文字や人の気配なんかの膨大すぎる情報に晒されながら、周囲と目を合わせないように前だけを睨んで、人波に煽られないように身体を強張らせて、見知らぬ誰かに自分の領域を侵されないよう出来る限り足早に歩く。それはとても疲れることです。

 ホテルにチェックインをして、部屋のベッドで30分ほどお昼寝をした後に、ゆりかもめに乗りました。私はたぶん、地球上の乗り物の中で一番ゆりかもめが好きです。ちょうど空の色が移り変わる時間で、先頭車両の一番前の座席(正面に大きな窓があるのです)に座り、ただひたすらぼうっと景色を眺めていました。窓ガラスにはうっすらと青いフィルムが貼ってあるらしく、水の中にある街を走っているような気分になります。頭に溜まっていたどうしようもない悩みや不安が、さらさらと音を立てて消化されていく。パソコンを使っているときの「ごみ箱を空にする」に限りなく近い営みだと思います。

 ゆりかもめを路線図の端から端まで流した後、ヴィーナスフォートへ行ってみることにしました。何も買うつもりはなかったのに、雑貨屋さんで見つけた「眠っているリスザル」のぬいぐるみがあまりにいたいけだったため衝動的に保護、あとは夕飯代わりにファミリーマートのサラダと春水堂のタピオカを買って、ホテルへ戻りました。夜のお台場は、しっとりした潮の匂いがします。

 サラダを食べ、タピオカを吸い、香りの良い塩を入れたお風呂に汗だくになるまで浸かって、おさると一緒に布団へ入りました。干したするめみたいに強張って宙に浮いていた身体が、茹ですぎた餅のように脱力します。こんなふうに、完璧に布団へ身体が沈んでいる感覚を味わうのはいつぶりだろう。ものすごく久しぶりに、自分の重みというものを取り戻した気がします。ここのところはずっと夜に眠れていませんでした。一日の仕事ぶりが十分ではないとか何かやり残したことがある気がするとかで、自分に「休む」スイッチを入れる許可が出せずにいたのです。なので明け方まで頭をキュルキュル回し続けて、ブレーカーが落ちるのを待つ。健康に良くないこと請け合いですね。

 目が覚めたのは、朝の4時すぎでした。頭がはっきりしていたので身体を起こし、ベッドの上に座って、部屋の窓から朝焼けを見ました。紺の空に少しずつ橙色が混じり、薄い桃色に染まり、それからゆっくりと白んでいくまで。2時間ほどそうしていたでしょうか。窓の外が完全な朝になるのを見届けてから、お風呂を溜めてお湯に浸かりました。明るい時間に入るお風呂というのは、どうしてこう爽快なのでしょう。いい塩梅に身体が弛緩したのでもう一眠りして、チェックアウトの15分前に起き(!)、日焼け止めの化粧下地だけを塗ってゆりかもめに乗りました。豊洲のららぽーとに寄り道しようかとも思いましたが、自分に残留している安らぎの気配を散らしたくなくて、そのまま真っ直ぐ家に帰りました。

 なんだか紀行文っぽくなってしまいましたが、こうして文章に起こしてみると、実際に体験をしたときと同じくらいに気持ちが落ち着くのが分かります。パソコンに向かいっぱなしだというのに肩がすとんと落ちていて、自分の周りだけ音がないような、薄いドームのようなものに保護されているような、不思議な感じです。

 昨日は神奈川の方で悲しい事件が起きました。本当にいたましく、一日のうち何度も気持ちが引っ張られてしまって、涙が出ます。テレビやネットを見るのがつらい。私もまだ心の置き場が見つからないし、見つけてしまってはいけないような気もするのですが、ただ今日こうやってお便りを書くことができたことに対して、とても救われたように感じています。勝手かもしれませんが、このお便りを読んでくれたあなたにも、何かちょっとした、気持ちの安らぐときがあればいいなと思います。また来月まで、どうぞご自愛ください。

もちい

餅井アンナ(もちい・あんな)

1993年宮城県生まれ。ライター。食と性、ジェンダーについての文章を中心に書いています。「wezzy」にて書評・コラムなどを執筆中。食と性のミニコミ『食に淫する』制作。

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