へんしん不要

へんしん不要〈第19通〉この夜をどうにかやり過ごすだけの「大丈夫」を 

(2018/12/28)

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イラスト・題字 のむらあい

封筒_もちい

 こんにちは、毎日寒さがこたえますね。お部屋は暖かいですか? 居心地よく過ごせていますか? 私は冬にやられていますが、どうにか持ちこたえています。日に何度も不安になるし、夕方にテレビでやっている「かいけつゾロリ」や「おじゃる丸」を見てさめざめ泣いたりしてはいるものの、部屋は暖かくして電気もつけているし、ご飯もそこそこ食べられています。クリスマスにはケーキも食べたしお出かけもしました。色々と手を尽くしつつ、どん底に落ちないくらいの低空飛行をキープしています。

 2018年ももう終わりですね。この間実家に電話をしたら、母親から「餅井の今年の漢字はなんだ」と聞かれたので「忍耐の“耐”じゃないですかね」と言っておきました。今年はとにかく「どうにかやっていく」ということに力を注いだ年だった、と自分では思います。色々な出来事に感情を揺さぶられたり、体の調子に振り回されたり、もう自分なんかだめだ、と落ち込んだり。次から次へと大きな波が押し寄せてくるような日々で、それに飲み込まれないよう、足を踏ん張ったり、うずくまって身を守ったり、支えになってくれるものを探したりしながら、どうにかやり過ごしてきたつもりです。

 毎月書いているこのお手紙も、私にとってはとても大きな支えでした。普段から私はあまり元気ではないし、手紙を書き始めるときにはだいぶ後ろ向きな気持ちであることも多いのですが、「大丈夫」と自分に言い聞かせつつ文章にしていくうちにちょっとずつ軌道がそれていくというか、書き終えるころにはだいぶ前向きな気持ちになっていることがほとんどなのです。それはもしかしたら、いびつでざらついた現実を都合よく、小綺麗にまとめちゃってる、ということなのかもしれません。でも、自分の書いた文章が現実の自分を良い方向に引っ張っていってくれる。そのことに私はかなり助けられているのです。

 本当のことを話すと、心から「大丈夫」と言えないときもありました。暗い部屋の中で、まだちょっとだめかも、と思いながら、絞り出すような「大丈夫」で筆を置いたことが。それは事実ではなかったかもしれません。だけど、嘘でもないのです。この一晩をやり過ごせるだけの「大丈夫」でいい。立ちふさがるものすべてに打ち勝たなくていい。なだめたりすかしたり、ちょっとだけごまかしたりしながら、明日の自分に生活をパスする。その繰り返しを生活と呼んだっていいのだと、私は思っています。これは本当です。

  自分がずっと抱えている悩みや不安は、たぶん本当の意味で解決したり、整理がついたりするものではないのだと思います。1000字や2000字の文章できれいにまとめられることでも、きっとないでしょう。でも今月も、そして来月もどうにか生活を続けていきたいから、さしあたっての「大丈夫」を自分に、あるいはこれを読んでいるあなたに言い聞かせ続けます。

 たとえば今横たわっているところが暗い場所で、すぐには体を起こすことができなくても、顔を上げて、少しだけ明るいところに目を向けてみることはできるかもしれない。私がいつもこのお手紙を書くときに思っていることです。あまり眩しいものを見ようとすると疲れてしまうから、ぼやっと光るくらいのものがいいかもしれません。

 来年もたくさんお手紙書きますね。2019年も、どうぞよろしくお願いします。

餅井アンナ(もちい・あんな)

1993年宮城県生まれ。ライター。食と性、ジェンダーについての文章を中心に書いています。「wezzy」にて書評・コラムなどを執筆中。食と性のミニコミ『食に淫する』制作。

 

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