へんしん不要

へんしん不要〈第17通〉何にもできない、何でもできる 

(2018/10/15)

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イラスト・題字 のむらあい

封筒_もちい


 こんにちは、朝晩冷えて空気が乾いてきましたね。日が短くなって、気分が暗くなっていませんか? 私はちょっと、いやだいぶ秋にやられています。動悸と息切れに耳鳴りとめまい。夜眠れない日が続き、昼間は日が傾いてくるまで起きられない。ご飯を食べるのも億劫で元気が出ず、元気を出そうにも食べるために必要な体力がない……という負のループに陥っています。秋がいよいよ本領を発揮してきたなと思っているところです。


 もうどちらが先なのか分からないのですが、体が思うように動かないと、気持ちの方もどんどん落ち込みがちになっていきます。ちょっとしたことがうまくいかなくて、ちょっとしたことがものすごく胸に刺さる。こまごました日常のルーチンもこなせていないし、ぼんやりしているせいか、バイト先でもミスを連発しています。先週も万札のお釣りを盛大に間違えたうえに(幸いにも取り返しがつきました)他にも色々とやらかし、夜に帰宅してから空が明るくなるまで「本当に私は何もできない、どうしてこんなにダメなのか」と半泣きで近所を徘徊していました。


 「自分は何もできない」。これは自分の中にかなり深く根付いている意識です。朝起きられない。電車に乗れない。人混みに留まっていられない。方向の感覚がない。人の顔が覚えられない。整理整頓ができない。家事に手をつけられない。郵便物を開けるのが怖い。書類仕事ができない。メールの返信が遅い。優先順位を付けるのが下手。気持ちの切り替えができない。体力がない。鈍臭いしそそっかしい。すぐにパニックを起こす。どうしてこれができないんだろう、と言いたくなるようなことばかりができない。

 
 だから少し前、打ち合わせ先で編集さんから言われた「何でもできますね」という言葉にはとてもびっくりしました。初めての顔合わせで、自分の作った同人誌を手渡したときのことです。自分で文章を書いて、パソコンで描いたイラストをつけて、版組みをしたもの。それから同じように文章を書いて、自分で撮った写真と一緒にデザインをしたものでした。「これ全部自分でやられたんですよね、何でもできるじゃないですか」。


  もちろんどれもまだ未熟なものだし、編集さんの言葉だって何の気なしに口にしたことかもしれません。もしかしたら言ったことさえ忘れているかもしれない。だけど「何もできない」と半泣きになっているときに、お守りのように思い出すくらいには嬉しい言葉でした。


  もちろんそれで「できない」自分が消えてなくなるわけではありません。ただ、「何もできない」と思ってしまう自分と「何でもできる」と言ってもらえる自分は同時にいてもいいんだ、という感じがしました。人には得手不得手がある、と言うだけのことなのかもしれないけれど、手触りのある形でそれが確かめられたのはよかったなと思います。


 「私には何にもできない」と言ってしまいたくなることは、これからもたくさんあるでしょう。春までずっとかもしれませんね。でもそのときにはきっと「何でもできますね」という言葉も思い出すことができる。そんなふうにして、この秋とうまくやっていきたいです。

 もちい

餅井アンナ(もちい・あんな)

1993年宮城県生まれ。ライター。食と性、ジェンダーについての文章を中心に書いています。「wezzy」にて書評・コラムなどを執筆中。食と性のミニコミ『食に淫する』制作。

 

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