へんしん不要

へんしん不要〈第16通〉「元気に」よりも「うまく」暮らしたい 

(2018/9/18)

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イラスト・題字 のむらあい

封筒_もちい

 こんにちは、ぐっと涼しくなりましたね。はおりものがないと外では肌寒く感じるようになりました。私は夏の終わりに素敵なカーディガン(微妙なグレーでやわらかいチャイナボタンがついているやつ)を買ったので、よくそれを着て近所を散歩しています。ここ一週間くらいはどうにも調子が悪く寝込み気味だったのですが、またお出かけを再開していこうと思っています。

 もう空気が秋ですね。去年の今頃も同じことを書きましたが、私は秋がだめです。あの冷たくて乾いた匂いを嗅ぐと叫び出したくなります。昔はあの匂いが嬉しかった。四季の中でも秋が一番過ごしやすく、食べ物もおいしいので好きでした。だけど今は春が来た時点で秋のことを考えて憂鬱になるくらい苦手です。

 なぜかというと、大学生のときに私が気持ちのバランスを崩して、一番苦しんだ季節が秋だったから。もう五年も前のことですが未だに影響が大きく、毎年空気の匂いが変わってきたあたりから、体と心が当時に引き戻されるような感じに襲われるのです。体が重くなり、息がうまく吸えなくなり、ぼんやりした不安に襲われて動悸がするようになる。しばらくの間こんなふうに胸が苦しくなることはなかったのですが、やはり秋は強いです。

 毎年この季節がやってくるのがつらい。まだあの頃から完全には抜け出せていないことを思い知るから。ですが、それだけではありません。少しずつ、にじるようにして遠ざかっていることもまた、この季節になると実感するのです。

 たとえば、一ヶ月のうち寝込んでいる日数は毎年徐々に減っているし、外に出かけようと挑戦したときの成功率も上がっています。気分の上がり下がりも年々ゆるやかになっている。ものをよく食べるようになり、夜を穏やかな気持ちで過ごせるようになってきています。そうしたささやかな変化は日々の生活の中では気づけずにいたりするのですが、毎年やってくる秋という季節は、定点観測のようにその動きを自分に確認させてくれる機会でもあるのです。

 少しずつだけど、やっていけるようになっている。そう思ったときに私の頭に浮かぶのは「元気になったなぁ」ではなく「技術がついたなぁ」です。ステータスアップではなく、スキルアップ。

 自分の限界を把握すること。予定を詰めすぎず、他人の言葉には甘えること。できないことを「やります」と言わずに「ちょっと様子見で、できたらでいいですか」と聞いてみること。音や光や人混みなんかの刺激が強い場所はなるべく避けること。疲れたらためらわず横になり、天気の悪い日はもう諦めること。食事はプレッシャーを感じない方法で小まめに摂ること。なんだか調子がおかしいと思ったら、とりあえず温かいものや甘いものを口に入れてみること。気分が沈んだら散歩に出かけて、体が重いときは銭湯に行くこと。自分を責めず、無理なことは「無理ですね〜」と言うこと。

 これらはみんな生活を「うまく」やっていくための技術で、ここ数年はその技を身につけていくための期間だったなぁと感じます。元気はそれほど増えていません。きっとこの先も、元気に暮らしていくのは難しいから、なるべくうまく暮らしたい。完璧にうまくやるのは難しいから、少しずつうまくなっていきたい。そう思いながら生活を続けています。

 正直、これからどんどん秋が深まっていくのは恐ろしいです。しかも秋が過ぎたら冬がやってくる。「絶望的!」と叫びたくなります。布団に泣きながら突っ伏して、長らく動けなくなることだってあるかもしれません。

 なので今日のお便りは、来月、そして再来月、そのまた次の月、あるいは来年の自分に向けて書いているものでもあります。色々と難しいことはあるだろうけど、つらくてもしんどくても、少しずつ生活がうまくなっていることを忘れずにいてください。昔の私が楽しみで仕方なかった、秋のおいしいものたちのことも。

餅井

餅井アンナ(もちい・あんな)
1993年宮城県生まれ。ライター。食と性、ジェンダーについての文章を中心に書いています。「wezzy」にて書評・コラムなどを執筆中。食と性のミニコミ『食に淫する』制作。

 

 

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