第5回「盆踊りマニアの天下一武道会!? 山王祭 日枝神社 献灯祭」(東京・千代田区)
(2014/8/12)
東京で一番はやく開催される盆踊り!?
その盆踊りを知るきっかけとなったのは、踊り好きの知人Sさんだった。
Sさんと知り合ったのは、とある盆踊り大会。短髪で、かっぷくのいい、背丈は180cmはありそうな大柄男性が、その体躯をものともせず、驚くほど軽やかに輪の中で踊っていた。休憩中、私と一緒に踊りに来ていた人が傍らで踊りで乱れた息を整えながら「あの人、どっかで見たことあるよね」と呟いた。
そういえば、どこかで見たような気がしないでもない。どの盆踊り会場にもたくさんの参加者がいるが、踊りの上手い人は輪の中でも強烈な存在感を放つ。Sさんもそんな記憶に残る踊り手の一人だったのだろう。
さっそく盆踊りが終わった後に、話しかけてみると、やはりとある盆踊り大会でニアミスしていたらしいことが分かった。すっかり意気投合して「またいずれどこかで」とFacebookで友だち申請をしあって、その日は別れたのであった。
家に戻ってからさっそく「先ほどはありがとうございました」とメッセージを送ると、Sさんかなりの盆踊り好きのようで、自分は岐阜の郡上踊りを主戦場としつつも毎年様々な盆踊り大会に参加しているということを教えてくれた。さらに、Sさんの話によると東京で一番早く行なわれる盆踊り大会が赤坂の日枝神社で毎年6月に開催される山王祭らしい。まだ盆踊りにハマって日の浅い私。「東京で一番早く行なわれる盆踊り」なんて、そんな発想すらなかった己の未熟さを恥じつつも、それはぜひ行かねばなるまい!と鼻息荒くSさんに「貴重な情報ありがとうございます!」と返信するのであった。
が、三歩踊ると物事を忘れる鳥のごとき阿呆でお馴染みの私。そんなことすーっかり忘れて、あー盆踊りのシーズンはまだまだ先だなあ、待ち遠しいなあとボンヤリ日々を過ごしていた。が、6月も中旬になった頃、いつものようにFacebookのタイムラインをダラダラ眺めていたら、浴衣でビシっと決めたSさんの写真が流れてきた。オヤ、どうしたことだろう、と詳しく見てみると。どこかの盆踊り大会に今日まさに参加してきたのだというではないか。な、なんだと!? さらに詳しくその投稿を見てみると、どうやら以前Sさんが教えてくれた山王祭の盆踊りがいままさに開催期間中だといのだ。しまった。ぬかったわ!
ちょうどその投稿を見たのが金曜日。のぞみをかけて「盆踊り、明日もありますかね?」とコメントをすると、すぐにSさんの返信。明日も明後日も、つまり金土日の三日間にかけて祭りは行なわれるのだといういう。よかったーとまずは安堵。そして案の定、Sさんは三日間全日程に参加するというのだから素晴らしい。「ぜひ、会場で会いましょう!」と疲れをまったく感じさせないはつらつコメントを投稿するSさんであった。
勝手に踊りはじめる達人たち
当日、ちょっと残った仕事を家で片付けて、夕方頃にホイホイホイと家を出た。浴衣は着るかどうか迷ったが、まずは手慣らしという感じでひとまずTシャツ短パンの軽装で。あとは気分をだすために雪駄を持って行くことにした。
溜池山王駅で降りて、外堀通りを北へ歩いていくと、右手に大きな鳥居が見えてくる。今回の盆踊り大会の会場となる日枝神社だ。ここで行なわれる山王祭は「神田祭」「深川八幡祭」に並んで江戸三大祭とも呼ばれており、伝統衣装をまとった人々が東京駅や日本橋、銀座などを巡り歩く全長約300mの祭礼行列は一番の見物となっている。ちなみに公式ホームページを見てみると「天下祭」や「京都の祇園祭・大阪の天神祭と共に、日本三大祭に数えられている」などとも書かれており、なんだかすごくエラい感じである。心なしか「恐縮です!」と頭を垂れながら鳥居をくぐる。しかし、俺の目的は豪華絢爛な祭礼行列ではなく盆踊り。山王祭の期間中は日枝神社の境内にやぐらが組まれ、「納涼大会」と称した盆踊りが開催されるのである。
それにしても境内まで上る階段の横に、エスカレーターも設置されているのは驚いた。さすが都会のど真ん中の神社は違うなあ。少々面食らいながらも文明の利器のおかげさまであっという間に頂上へ到着。さっそく境内の中に足を踏み入れる。
神門をくぐると、多くの人だかり。目の前の茅の輪をくぐって、社殿にお参りをする。「彼女ができますように」と盆踊りとは一切関係のないお祈りを一心不乱にして、いよいよ盆踊り会場へ向かう。
境内の一角にはお祭りには欠かせない露店がズラリと並んでいる。いい風情だな〜と冷やかしながら歩いていると、大きなテントが出現。すわここが盆踊り会場かとのぞきこんでみると、案の定太鼓の設置されたやぐらと、そこから放射状に伸びる提灯が。この光景を見ると、ぐわっと体温が上がるような興奮をおぼえる。ああ、いいなあ。
少し早めに来たせいか、まだ人はまばら。ちょっと待つかとあたりを見渡すと、オヤ見覚えのある大きな人影。そう、今回の盆踊りを教えてくれたSさんである。浴衣をビッシリ決めた御姿がカッコいい。「どうもどうも」と挨拶すると、こちらに振り返って「お〜!」と破顔の表情。傍らにはSさんに比して小柄な、これまた浴衣を羽織った女性がいらっしゃる。楽しそうに踊りの話題に興じるお二人の姿から、どうやら「盆踊り仲間」とでもいうべき関係性であることが察せられる。さすがSさん。
僕もお二人の間に混ぜてもらって、しばらく話していると、次々と浴衣をまとった人たちがやってきてSさんに「どうも!」「今年もよろしくお願いします」なんて挨拶をする。なんだ、なんだ? これ、みんな知り合いなのか!? 状況が読めずにオロオロしていると、スピーカーから盆踊りソングが流れはじめた。すると、驚くべき光景が目の前に広がった。やぐらのまわりにまばらに散らばっていた浴衣の人たちが一斉に列をなして踊りはじめたのである。
確信する。一糸乱れぬその動き……完全にプロである。おそらく、ちゃんとした教室などで踊りを習っている方々なのだろう。
一方で傍らのSさんは踊り出すわけでもなく、その光景を見てニコニコしている。「これ、もう盆踊りがはじまってるんですかね?」と聞くと「や、太鼓の人が来てないのでまだですよ」とのこと。そう。この人たち開始が待ちきれず、BGM的に流れている音頭に合わせて勝手に踊ってしまっているのだ。「東京で一番早く行なわれる盆踊り」ということもあり、一年間ためこんだ「踊り欲」が一気に爆発しているのだろう。「待ちに待ったぜ、この日をよォ!」という気合いを込めたボンダンス。まさに盆踊り界の天下一武道会だ。
ちなみにSさんは「ぼくは太鼓がはじまるまで、踊らない主義なんですよ〜」だ、そうだ。その姿勢もプロっぽくてカッコよく感じた。
「八木節」はロボットダンスだった
そんなプロたちの洗礼を受けてあわあわしていると、正式な盆踊りの開始時間が迫って来た。この頃になると、一般のお客さんもチラホラと集まってくる。ようやっと太鼓の叩き手も到着し、やぐらにスタンバイ。いよいよ、踊り本番の開始である!
Sさんの後につづき、僕も踊りの輪の中に突入する。最初に流れた曲は……分からない。聞いたことがない曲だが、盆踊りのスタンダードナンバーらしく、みなさんキビキビ踊っていらっしゃる。僕はといえば曲を知らないのだから、当然踊りも分からない。Sさんの背後でその動きを必死に真似する。手の動きと足の動きを完全に再現することはなかなか難しいが、それでも5回ほど繰り返すと、なんとなく流れがつかめるようになってくる。こうなると、やっぱり盆踊りは楽しい。が、気づいた頃にはもう次の曲。なかなか慌ただしい。「東京音頭」「炭坑節」といった超有名曲がかかると、やっぱり少しは心得があるので嬉しくなってここぞとばかりに張り切って踊る。知らない曲がかかると、すぐにSさんの動きに注目してコピー。他の達人たちと同様、どんな曲でも踊りこなせるSさんはすごい。そして踊りながらも「腕はまっすぐね♪」「あそこで手ぬぐいくばってるからもらってくれば?」と初心者の僕に気を配るのも忘れない。頼りがいがありすぎて、思わず「アニキ!」と呼びかけたくなる。
そんな「アニキ」のおかげで、知らない曲でもある程度余裕をもって楽しめる。最終的におよそ十数曲の音頭がかかったが、個人的に何曲か気に入ったものもあった。「八木節」は比較的どの盆踊り大会でもかかる曲らしいが、ロボットダンスのようなカクカクした動きが楽しい。「白浜音頭」は海や舟をテーマにした音頭のようで、櫂を漕ぐような動作が出てくる。「千代田踊り」は千代田区のご当地ソングらしい。「千代田でちょい♪」というフレーズが可愛くて、やたらと耳に残った。インパクトの大きさでいえば「水戸黄門音頭」。「ドラえもん音頭」や「アラレちゃん音頭」など、アニメがテーマになった音頭は知っていたが、まさか水戸黄門も音頭化していたとは……。踊りはまったく覚えていないが「身分隠せば、ただの人」など、歌詞の内容が心をくすぐるところがありお気に入りだ。黄門様を「ただの人」呼ばわりする傍若無人な態度にグッとくる。そして、この日一番のヒットナンバーだったのが「相馬甚句」。他の盆踊りにはあまり見受けられない、手ぬぐいを両手に持ってぐるぐる回しながら踊る動作が面白い。こんなに歌に合わせて布を回すのは、相馬甚句かレゲエのライブくらいのもんじゃないだろうか。
このような様々な盆踊り曲をセレクトして流しているのが、会場の目立たない場所でサウンドシステムを黙々と操作しているおじさんだ。盆踊り大会の花形といえば太鼓だが、実はこの場を盛り上げるも盛り下げるも、このおじさんの一手にかかっているといっても過言ではない。CDやら、いまだ現役のカセットテープやらをチェンジしながらご機嫌のチューンで盆ダンスフロアをわかせる。やはりお客さんにも好みの曲というのがあるようで、Sさんも時折「あ、この曲は!?」と顔をほころばせる。しかし、万人に受ける曲というのはなかなかない。バランスよく曲をセレクトしながら、時折最新の盆踊りチューンを流すなど、オーディエンスが飽きないような工夫をこらす。まさに、職人技である。というのは、まあ実際に話を聞いたわけではないので99%私の妄想だが、とにかくだんだんとこのおじさんがやたらかっこよく見えてくるのだ。ちなみにSさんの話によると、音源によってはカセットテープでしか残されていない貴重なものもあるらしい。劣化してしまう前に、誰かに全国の盆踊り音源をデジタルデータなどでアーカイブしてもらいたいものだ。
様々な音頭が流れ、最後のトリとして選ばれたのが「炭坑節」「東京音頭」。曲目が発表されると、わっと歓声があがる。盆踊り界の大ヒットナンバー。やっぱり何だかんだいって、皆さんこの曲が好きなようだ。本日最後の曲とあって、これまで以上に熱気に包まれる会場。
これからはじまる本格的な盆踊りシーズンの幕開けを祝福するかのように、達人たちはやぐらの周りを舞う。ああ、なんだろうかこの多幸感は。
踊りが終わった。気がつくとSさんがいない。踊りのハチャメチャのなかではぐれてしまっていたらしい。最後はもうただ自分で思うままにひたすらに踊っていた。人ごみのなかにSさんに姿を見つける。「おつかれさま!」「おつかれさまです、今日はいろいろありがとうございました!」。Sさんは会場にいるたくさんの盆踊り仲間さんとの会話で忙しそうだったので「じゃあ、僕はこれで」と、先においとまさせてもらうことにした。
閉店間際の夜店で安売りをしていた焼きそばを買って帰る。駅までの道すがらこらえきれずに食べるが、この焼きそばがめちゃくちゃうまい。単純に踊りで腹が減っていたのかもしれないが、これまでお祭りで食べたどの焼きそばよりもおいしく感じた。夜店の焼きそばが、こんなに胃にしみるなんて……。
「東京で一番早く行なわれる盆踊り」ということでやや気構えるところもあったが、あらためて盆踊りの楽しさを実感するような初期衝動あふれる一夜であった。
(小野和哉)
小野和哉
1985年生、千葉県出身。制作会社勤務。ミニコミ誌『恋と童貞』編集長。好きなアイスは「チョコかけちゃったスイカバー」。盆踊りはまだビギナー。
「恋と童貞」公式サイト:http://ameblo.jp/koi-dou/
かとうちあき
人 生をより低迷させる旅コミ誌『野宿野郎』の編集長(仮)。著書に『野宿入門』『野宿もん』『あたらしい野宿(上)』があって、野宿だらけ。神奈川県横浜市 に生まれ、隣の町内に混ざって神輿を担ぎ、炭坑節と南区音頭を踊って育ちました。あと、アラレちゃん音頭が好きだった記憶あり。
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