今日も盆踊り

第4回「神秘の里に伝わるスタイリッシュ盆踊り キリスト祭のナニャドヤラ踊り」(青森県・新郷村)/後編 

(2014/8/5)

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(前編はこちら

 

「キリストの里 伝承館」で伝説を目撃


 朝7時に起床。昼ぐらいまでダラダラしていたい気もするが、早朝に準備のスタッフさんがやってくるかもしれないので、そうもいかない。さすがに神聖な場所で人が寝ているのを見たら嫌な感じだろう。

 寝袋をぼんやりたたんでいると、一人の女性が下からやってきた。あ、気まずいな〜っと思いながらも軽く会釈を交わすと、女性は階段を上がりお墓の手入れをはじめた。この敷地の管理者さんだろうか。新しい花を入れ替えたり、墓の周りを掃除したり。とても丁寧である。

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 その女性を観察しながら「これはおそらくこの地に十字架が立てられた時から、毎朝当たり前に繰り返されたきた光景なのだろう」と思った。ついうがった目で見てしまうキリストの墓なのだが、この場所を守って、祀られた魂に毎日祈りを捧げる人が確かにいるのだ。伝説の真偽や珍奇な祭りのことなど外からいろいろと言われるのだろうが、いま私が見ているこの光景がとても尊いものであることは間違いない。なんだかいいものを見たなァ。

 女性が去ると、堰を切ったかのように次々と祭りの準備をする人々が墓にやってきた。車で乗りつけた花屋は階段のふもとに祝いのスタンド花を備え付ける。その後には、「SHINGO V.」と背中に書かれた緑色のスタッフジャンパーを着た一団がぞろぞろやって来て、テントを立てたり、スピーカーを設置するなど、急ピッチで祭りの準備を進める。静かだった里ににわかに活気が満ちてきた。さあ、祭りだ祭りだ。

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 ところで、誰よりも早くこの場所に待機している私とかとうさんがやはり目立つのか、スタッフの人が時折「おはようございま〜す」「どこから来たの?」と話しかけてくる。「東京です」と返すと皆さん一様に「え、どうやってここに!?」と驚く。ええ、ええ、それはバスを乗り継いで、30分歩いて、前乗りなので野宿をして、ここに至りましたよ。話を聞くと、やはり地元の人たちも「キリストの墓」のアクセスのわるさはネックだと考えているらしい。実際、私たち以外にいっこうに観光客らしく姿が見えない。そのうち増えてくるのだろうが、こんなに面白い祭りなのだから、八戸からの交通がもっとスムーズになれば、より多くの人が訪れるはずなのだ。

「ところで、伝承館はもう見たの?」と、スタッフの方。あ、そういえば、昨日は夜おそくて入れなかったのだ。

「もう開いてるんですか?」と聞くと、

「開いてるんじゃないかな〜、さっき掃除してたし」

 なんならお邪魔させてもらおう。伝承館は墓の目と鼻の先。サイズは小さいが、見た感じはキレイな洋館。入り口の前に記念撮影用の顔ハメ板があったり、受付で土産を販売したりと、急に観光地感丸出しになっていい感じだ。取りあえず私は他では買えなさそうなナニャドヤラのCDを購入。かとうさんは、何かまんじゅうっぽいお菓子を買っていた。

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 伝承館は基本的にワンフロアで、後は映像を観るための小さな視聴室がある。手狭だが、この地で古くに使われていた農具や野良着などの郷土資料、さらに「キリストの墓」伝説の関連資料が壁狭しと並んでいて密度は大分濃い。さらに一角には地球の模型が置かれて、「世界七不思議」と題してピラミッド、ナスカの地上絵、アトランティス大陸など、オカルトといえばすぐ名前の上がりそうなスポットや伝説を紹介している。今回の旅行で私の中で8つめの謎、「キリストの墓」が追加されたされたことは言うまでもない。視聴室ではナニャドヤラに関する解説映像を見た。ナニャドヤラはこの新郷村が発祥であるという説を発表しているのだが、確かにキリストの墓といい何か得体の知れない爆発的なものを生み出す可能性を確かにこの地は秘めているような気がしないでもない。

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神事・獅子舞・盆踊り

 そんなこんなをしているうちに、ついに時間がやってきた。私とかとうさんはいそいそと会場に移動する。我々が昨夜、野宿した広場にはパイプ椅子が並び、スーツ姿のダンディたちが座っている。どうやら各所から来賓を招いているらしい。来賓席の横には地面にゴザが敷いており、はっぴを着た一団が純和風の楽器を携えて座っている。事前情報だと、祭りでは獅子舞も奉納されるらしいので、それを演奏する人々だろう。さっそく場が混沌としてきた。私とかとうさんは、プログラムの最後に予定されているナニャドヤラをよく見るために、キリストの墓の近くに移動した。そして、やはり皆考えることは同じなのか、ほかの観光客の多くも墓の前に陣取っている。見物人のなかには外国人も何人か見かけることができた。ぜひ国に帰ったら伝えて欲しい。日本にはすごいフェスティバルがあったよと。

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 まずは村長による開会の挨拶。続いて来賓からの祝辞。何人かが立ち代わりスピーチをしたのであるが、なかには県知事の代理という方もいて(所用で来れなかったのだとか)、なかなかに豪華なラインナップである。来賓の一人が「キリスト祭りで、神事と獅子舞をやる。まさにこれぞ和と洋の融合 ! これぞ『文化』! 新郷村の皆様の懐の深さは素晴らしいです」という様なことを述べた。大きくまとめたなーと思うが、そうなんだ。この器のでかさ、懐の広さは並大抵ではない。いろいろな宗教的要素が共存しちゃってるもん。

 祝辞が終わると、神主さんが出てくる。キリストの墓へと続く階段の元に立ち、祝詞奉上、さらに玉串奉奠が粛々と執り行われる。何度も言うが、キリストの慰霊祭であることをしつこく読者に喚起しておきたい。この後、獅子舞の奉納、短歌ポスト入選歌表彰式と続く。後者について補足しておくと、キリストの里には短歌を投函するポストが常設されていて、詩情に駆られた旅人が自作を投稿することができるのだ。年に一度、キリスト祭において優秀作を決めるらしい。実は私とかとうさんも今朝、自作短歌を投函していたのあるが、選評されるのは来年のことであろうか。まあ、「やってきた キリストの里 踊りたい」みたいなひどい歌なのでどうせ選ばれんだろう。

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 さて、いよいよナニャドヤラである。予定では祭りの終了時間は11:30となっていたのだが、もう既にその時間である。待ったなァ。申し訳ないのですが、私の本来の目的は盆踊り。いよお待ってましたあ!と下品なかけ声は腹でとどめておいて、静かにふつふつと興奮をたぎらせる。あわよくば、一緒に踊りたい。そう、これから披露される踊りはあくまでプロたちによる奉納。皆で一緒に踊りましょ、というノリとはおそらく違うのだ。

 おそろの浴衣を着た淑女たちが10名ほどキリストの墓の周りに均等に並ぶ。そのなかに、太鼓を腹に抱えてバチを持った男性も何人か交わる。太鼓の音、そして「ナニャ〜ドヤ〜ラ〜」の節とともに、踊りがはじまる。

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ストイックかつスタイリッシュ

 

 まず、驚いた。これまで私が見てきた盆踊りと明らかに異なる。顕著なのが、動きの滑らかさである。

 実際に自分でも踊ってみると分かりやすいのだが、多くの盆踊りは細かい動作の集合体である。例えば炭坑節なら「掘る、かつぐ、月を仰ぎ見る、押す」などの動きがワンセットとなって、その繰り返しとなる。ところが新郷村のナニャドヤラは動作の切れ目がまったく分からないくらい、すべての動きがスムーズだ。滑らかであるがゆえに、実際の唄はそこまで速くないのだが、踊りがやたら高速に見える。な、なんだこのスタイリッシュさは! めっちゃ洗練されているじゃないか。また注目ポイントしては、手の動きのダイナミックさだろう。複雑ではないのだが、動きが大振りなので迫力がある。手の軌道は直線的というよりも曲線的。円をなぞるような形が、なんだか色っぽくもある。

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 さらに、この軽快な踊りを、太鼓と人の声だけのシンプルなお囃子に合わせて舞うのだ。このストイックさもいい。私はこれで、キリスト祭とナニャドヤラへの印象が一遍に変わってしまった。本当にカッコいいのだ。こんな素晴らしい踊りを特等席で見せられたら、そりゃ神様の魂も慰められるだろう。

 興奮している間に、踊りはあっという間に終わってしまった。普通の盆踊りなら何十分でも平気で続くのだが、そこが見せる盆踊りと参加する盆踊りの違いなのだろう。さっそく「すごかったですねー」と隣のかとうさんと喜びを共有する。しかし、もの足りない。やっぱり一緒に踊ってみたい。

 踊りの後は、観光協会長の挨拶、りんごジュースによる乾杯、閉会の言葉で、ひとまずキリスト祭は終わった。先ほどの踊り子さんたちは、伝承館の前のひときわ大きな広場で休んでいた。まだ解散しなさそうな雰囲気だったので、念のため「もう踊りはやらないんですか?」と聞くと、「これからもう一回踊りますよ」と言う。なに!? 話を聞くと、キリストの墓の周りだと狭くてあまり踊りがよく見えなかったろうという配慮で、観光客に向けて広場であらためてナニャドヤラを披露するらしい。「マジすか!?」と喜んでいるうちに、踊り子さんたちは円形上の配置ついて、再びミュージックがスタート。あたふたしていると、かとうさんが近くのスタッフらしき人に「踊っていいですか?」と聞き、すかさず飛び込む。あ!、と続いて私も輪の中に加わった。だいたい、こういう時に度胸がいいのはかとうさんだ。

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 先をゆくプロの動きを見て真似するのは盆踊りの基本。淑女たちにならって見よう見まねで動いてみるも、やはり最初は全然動けない。しかし、何回か 繰り返すと、踊りの法則性がうっすら分かってくる。曲線的な手の動きの正体は、体の前で左右の腕を大きくクロスさせる動作だ。このクロスの動きがナニャド ヤラでは多様される。まるで大気をかき回して何かを創造しているように見えるのは、宗教的なイメージに引っ張られすぎだろうか。優雅なのだが、動きが早い のでやたらアグレッシブに見えてくる。

 こちらの踊りもあっという間に終わってしまったが、ともかく思いもかけず踊りに参加することができ たので大満足である。踊りはマスターできなかったが、実に楽しい盆踊りだ。それにしても惜しい。こんなかっちょいい踊りが青森でしか見れんとはなー。もっ と認知度が広がってもいい踊りだと思った。

 余韻にひたりながら、村役場近くの定食屋で「キリストラーメン」なるご当地ラーメンに舌鼓を打ち(星型の麩が入っている、あとなぜか梅と大葉も)、再び路線バスで八戸に帰還。駅近くの銭湯で汗を洗い流した後、かとうさんに予約していただいた夜行バスに乗って帰途へと着いた。ちなみに、私は翌日から仕事だったので、朝に新宿に着いてから急いで自宅へ。すばやく出勤の支度をして、定時にはなんとか出社することができた。よかったー。

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すべてを受け入れるすばらしさ

 キリストの慰霊祭で神事をやり、獅子舞を踊り、盆踊りを奉納する。一貫性はないようだが、大切な人を慕い、自分たちの方法で魂を慰める、この純粋な想いは非常に筋が通っているし、正しいと思う。来賓の誰かが、この祭りの度量の大きさについて賞賛していたが、本当におおらかな雰囲気で居心地がよかった。

 なぜ自分は盆踊りに惹かれるのだろう、と考えることがある。好きな理由はひとつに絞れないが、ひょいっと誰でも参加できて受け入れられる敷居の低さも魅力のひとつだ。お金を払う必要もない。強制もない。ただ踊りたい時に輪の中に入って踊ればいい。大人も子どもも国籍も性別も、人を問わない。下手でも誰も気にしない。疲れたら勝手に休んでOKだ。

 本来、盆踊りは死者を迎え、慰める行事である。しかし、そこにいる誰もが「死」という言葉が似つかわしくないくらい笑顔だ。亡くなった人を想いながら、自分たちも楽しんでしまう。この雰囲気。そういった意味で、キリスト祭は、ナニャドヤラは、盆踊りらしい盆踊りだったと思う。

 それにしてもナニャドヤラ、カッコ良かった! 願わくば、ナニャドヤラをもっといろんな場所で見たい! 踊りたい! というわけで、伝承館で買ったナニャドヤラのCDを聴き込んで、周りの人に布教していこうと思う。

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(小野和哉)

 

小野和哉
1985年生、千葉県出身。制作会社勤務。ミニコミ誌『恋と童貞』編集長。好きなアイスは「チョコかけちゃったスイカバー」。盆踊りはまだビギナー。
「恋と童貞」公式サイト:http://ameblo.jp/koi-dou/

かとうちあき
人 生をより低迷させる旅コミ誌『野宿野郎』の編集長(仮)。著書に『野宿入門』『野宿もん』『あたらしい野宿(上)』があって、野宿だらけ。神奈川県横浜市 に生まれ、隣の町内に混ざって神輿を担ぎ、炭坑節と南区音頭を踊って育ちました。あと、アラレちゃん音頭が好きだった記憶あり。

 

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