今日も盆踊り

第3回「神秘の里に伝わるスタイリッシュ盆踊り キリスト祭のナニャドヤラ踊り」(青森県・新郷村)/前編 

(2014/7/29)

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青森の奇祭で披露される謎の盆踊り


 青森にキリストの墓があるらしい。そして、年の一度、そのキリストの魂を慰めるための祭り「キリスト祭」が開催されるらしい。ンなアホな。

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 日本各地の盆踊りについてインターネットで調べていたら、この珍奇な祭りにたどり着いた。キリストの墓についても大いに興味はあるが、個人的にはその祭りで踊られるという「ナニャドヤラ」踊りに引っかかった。な、ナニャ? 何だそりゃ!? 頭の中の興味の虫が全力で活動をはじめる。

 「ヤバい、ヤバい」と呟きながらさらに調べてみると、ナニャドヤラ自体は青森の南から岩手の北にかけて古くから伝わる囃子歌・盆踊りらしい。キリスト祭では、その踊りをキリストの魂への奉納という形で披露するのだとか。特筆すべきは「ナニャドヤラ」という言葉や唄の歌詞について、その意味が現在まで伝わっていないというところだ。「ナニャドーヤラー ナニャドナサレーヨー」という歌詞の繰り返しとなるのだが、部外者はともかく、唱っている本人たちも意味が分かっていないというのがシュール過ぎる。ああ、キリストといい、ナニャドヤラといい、もう頭のてっぺんから、つま先まで全部が分からない。そして、猛烈に興味が引かれる。

 祭りは毎年6月の第一日曜日に開催され、今年で51回目となるらしい。言い方はわるいが、中途半端に歴史が長いではないか。それにしても日曜開催というのは会社員の私には有り難い。が、問題はアクセス。祭りが開催されるのは新郷村という十和田湖の近くの土地で、付近に路線は通っておらず、車でないと辿り着けない場所であるということだった。め、めんどくせえ……! 恥ずかしながら、私は車が運転できない人間なので、車移動というだけで到達のハードルがグン増しする。私がキリスト祭りについて知ったのが、その年のキリスト祭りから数ヶ月経った頃。行くとしたら翌年の初夏になるのであるが、件の交通問題で思考に足止めがかかり、う〜んと迷っているうちに、あっという間に年を越して、6月のキリスト祭開催まであと数ヶ月という時期にまで迫ってしまっていた。あ〜、まずいまずい。

 

「わたし、行く気満々ですよ」

 4月の上旬、Twitterでの雑談のなかでそう力強く宣言したのは、私にとって(ある意味)盆踊りの師匠であるミニコミ『野宿野郎』編集長(仮)のかとうちあきさんである。盆通り好きのかとうさんのことだから、もちろんキリスト祭については知らないはずがない。そして私同様、この青森の奇天烈な盆踊りに対してなみなみならぬ興味を抱いているようだ。しかも、既に「今年は行く!」と意を決しているらしい。

 正直なところ、春を迎えたあたりでは最初の情熱はどこへやら、軟体動物のようにやる気はクネクネと腰砕け気味になっていたのであるが、なんかこう傍らに意思の強い人がいると、心が妙に急いて「ア、ア、俺も興味あったし! 俺も! 俺も!」と焦りが出てくる。ということで他人のやる気に便乗して、かとうさんとキリスト祭に参加することとなったのである。

 

誰も意味が分からないナニャドヤラ

 

 ここで新郷村の「キリストの墓」伝説についておさらいしておこう。概要に関してはインターネット上で有志による多数の情報を発信しているし、新郷村の公式ホームページでも紹介しているのですぐ調べられる。本稿冒頭の簡単な説明だけで多くの読者が「いやな予感」を抱いたことだろうが、ご推察の通りツッコミどころ満載なので、心して読んで欲しい。

 通常、イエス・キリストは、エルサレム近くのゴルゴダの丘で十字架刑に処され、三日後に奇跡の復活を遂げたという話になっている。が、伝説によると、処刑されたのは身代わりとなったキリストの弟であるイスキリであり、本物は遠く日本の地に逃げ延びたのだという。さらにキリストは実は若い頃に一度訪日した経験があるらしい。マジかよ! 日本で12年間の修行を重ねたのち、33歳の時にユダヤに帰って伝道活動を始めたのだとか。なんとなく、源義経が死んだとみせかけて実は大陸に逃れていて、ついにはチンギス・ハーンとなったというアレに近いものを感じるが、義経伝説になぞらえれば、キリストさんの日本での修行は、さしずめ義経、幼少時の天狗との修行の日々に当たるのだろう。

 で、処刑から逃れ再び日本の地を踏んだキリストは旧戸来村(現在の新郷村)に居をかまえて、一〇六歳の長寿をまっとうしたそうな。めでたしめでたし……。この旧村名の「戸来」も「ヘブライ」の語に由来するという説も、「キリストの墓」伝説を支えるの根拠のひとつとなっている。よく分からないけど、なるほど!

 そして、気になるのが「ナニャドヤラ」である。先に述べた通り、残念ながら現在まで歌詞の意味は伝わっていないが、青森〜岩手の地に昔から伝わる唄らしく、盛岡の「さんさ踊り」や青森の「田名部おしまこ」といった有名な盆踊りのルーツにもなっているらしい。というわけで今回訪れるキリスト祭独自の踊りというわけではないのだが、関係性は深い。というのも、我らが「キリストの墓」伝説周辺では、実はナニャドヤラの歌詞はヘブライ語に由来という説もささやかれているらしい。詳しくは知らないが、確かに「ナニャドヤラ」って字面だけだとめちゃくちゃ外国語っぽいではないか。

 と、ざっとこんな感じなのだが、どうだい、聞いただけで100メートルトラックを全力疾走したみたいな疲労感を感じたことだろう。オカルト雑誌『ムー』的な不思議と謎はこれでもうお腹いっぱいなのだが、われわれはその地に実際に乗り込もうというのだから、どうなってしまうのか行く前から大分不安である。

 

たどりつくのがそもそも大変

 

 さて新郷村までの交通手段であるが、結局バスを乗り着いて向かうこととなった。まず東京から長距離バスで青森まで向かう。そこから、青い森鉄道で南下し、岩手の八戸に到着(もちろん八戸で停車する長距離バスに乗れば青森まで行く必要はない)。八戸からは路線バスに乗って新郷村役場まで向かう。そこから先は役場村営バスが出ているが、あるいは徒歩でも30分も歩けばキリストの墓にたどり着くことができる。

 問題はキリスト祭の開始時間が朝の10時から、というところだ。朝早いのは健康的でけっこうだが、バスの運行スケジュール的に、八戸から朝10時までに新郷村にたどりつく便がないのだ。なんという、構造的欠陥! つまり、だ。祭りスタートからきっかり参加するためには、前乗りして近くの宿などに泊まるか、朝っぱらからタクシーを飛ばしていかなければいけない。

 周辺にそもそもホテルらしきものが少なそうだし、タクシーはどう見積もっても一万円はかかりそうなので論外。わざわざプリチーな桃尻を痛める覚悟で格安の高速バスを選んだのに、最後の最後で大金は使いたくないではないか。

 というわけで、私は金曜夜に夜行バスに乗り、翌朝土曜に青森駅着。かとうさんは私よりの一日前に青森に前乗りしていたので、そこで合流。なんでそんな早くに乗り込んでいたかというと、本人の弁によれば「青森に釈迦の墓もあると聞き、せっかくキリストの墓に行くのでついでに野宿してきました。墓野宿シリーズです!」ということだが、ここまでくるともはや尊敬の念しか浮かばない。この人は踊りに来たのか、野宿に来たのか……。というわけで、当然のように土曜の夜もキリストの墓で野宿する心づもり。私がバカでかいリュックの中に寝袋とマットを詰め込んでいるのも、そういう訳なのである。

 八戸駅前から新郷村に向かう路線バス(正確には、五戸駅前という場所でバスを乗り換える)に乗り込んだのが土曜日の夕方頃だ。青森で昼飯を食べたり、ねぶた関連の観光をしてたら、結局最終便のバスに乗ることとなった。この時間、バスの乗客はほとんどいない。観光客らしく者はおろか、地元の人も女子高生が二人ほど同乗するのみだ。窓からの景色は田畑や山など。大学の頃、青森で開催されるロックフェスに向かう途中のバスから見た、あたり一面のリンゴ畑が思い出された。前夜に既に野宿を一泊かましているかとうさんは案の定バスの後部席でグーグーと寝ている(結局、釈迦の墓は見つからなかったらしい)。なんだろうなァ、この妙な孤独感は。一時間ほどバスに揺られて、ついに新郷村に到着した。

 バス停で降りて徒歩一分ほどで、村営バスが出るという村役場にたどり着く。目に入ってきたのは「キリスト祭」とかかれたのぼりが無数に並んではためいている光景。思わずかとうさんと目を合わす。ついに! ついに! 「キリストの墓」の地にやって来たのだ! 映画『天空の城』で主人公パズーが雲間からあらわれた伝説の都市「ラピュタ」を見つけ「ラピュタは本当にあったんだ!」と喜びを爆発させるシーンが脳裏でオーバーラップした。ハイテンションでのぼりの写真を撮りまくるかとうさんと私。

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入り口でゆかいな看板がお出迎え

 そういえば確認しなければならない件がひとつあった。村営バスはまだ出るのだろうか。それらしきワゴン車が建物の前に停まっているが、傍らに掲示されている時刻表がボロッボロになっていて判読できない。事前にこの村営バスの時刻表だけ調べることができなかった。仕方なく役場に入って職員の方に聞いてみると、もうバスは終わってしまったらしい。腹を決めて、歩いてキリストの墓を目指すことにする。念のため周辺地図などが掲載されているパンフレットなどはないか相談すると、突然ワタワタとし出す職員さん。あっちゃこっちゃの棚を引っかき回してようやく出て来たのが、外国人観光客向けとおぼしきパンフレット。確かに地図は掲載されているけれども、全編にわたって英語……。しかし申し訳なさそうな顔をしている職員さんに、こちらもなんだか恐縮してしまい「ありがとうございます」と素直に受け取って、村役場を後にしたのであった。

 新郷村を貫く国道454線をひたすら西に歩く。日も暮れかけているのでなるべく早めに現地に着きたいところだ。遠くに見える山の景色を堪能しつつ、かとうさんとダラダラ雑談をしながら歩くこと30分。ついに路傍に「キリストの墓」とデカデカ書かれた看板が立っているのが見えた。看板には二本の十字架がイラストで描かれ、隅には「SHINGO」「HERAI」と英語表示がある。そしてなぜか「Enjoy Cocla Cola」のロゴ。キリストとコカコーラの組み合わせがなんともポップじゃないか。そのほか「青森県酪農発祥の地 新郷村」「第51回キリスト祭 6月1日開催」「第51回キリスト祭 キリストの慰霊祭 短歌ポスト入選歌表彰式 会場」「キリストの里しんごう 火の用心」などの看板たちが、のどかな村の風景のなかで半ば通り魔的に怒濤の電磁波を浴びせかけてきている。ようし分かった分かったと彼らの暴力的な主張を制しながら、さっそくキリストの墓の敷地に入っていった。

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 お墓周辺は「キリストの里」として公園のようにキレイに整備されている。村に伝わる資料を展示した「キリストの里 伝承館」という施設もあるようだが、時間が遅いので見学は明日にすることに。ともかくまずはキリストの墓を拝もうと、傾斜のある道をグングン歩いていく。途中の「キリストまで200m」「キリストまで100m」といった案内板が気持ちを盛り上げる。小さな広場に出ると、さらに上へと続く階段が。見上げると、かすかに二本の十字架が見えた。これだ! 勇んで階段を上がると、ついにそれは姿を現した。私とかとうさん思わずそこに立ち尽くした。

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 インターネットで見た写真の通り、柵で丸く囲まれた空間にこんもりと盛られた土、そして中心には高さ3〜4mほどの木製の十字架が立つ。二本あるのはキリストの分と、犠牲になった弟イスキリの分だ。土からにょっきり生える十字にクロスしたその物体は、なんだか昔のロールプレイングゲームに出てくるお墓を連想させる。あまりにもフィクション丸出しだ。しかし嘘っぽさも、こうドーンと力強く形として見せられると、妙な力強さを放つ。

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 足下を見るとキレイな花が添えられていて、ようやくお墓っぽさが出る。が、その隣の小銭が入ったカゴが目に入ると、思わず吹き出してしまった。ここにきて、お賽銭かよ! 外国にも神聖な場所でお賽銭をする慣習があるのだろうか。よく分からないが、染み付いた日本人的性で思わず小銭を放り込んでしまう。かとうさんと一緒に手を合わせ「明日は踊らせていただきまっせー」と気合いを入れ直すのだった。

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 あたりはすっかり暗闇なので散策は明日に回して、階段を下りた広場に寝床をあつらえ、ささやかな宴をした後に我々は早々と眠りについた。
(後編につづく)

小野和哉
1985年生、千葉県出身。制作会社勤務。ミニコミ誌『恋と童貞』編集長。好きなアイスは「チョコかけちゃったスイカバー」。盆踊りはまだビギナー。
「恋と童貞」公式サイト:http://ameblo.jp/koi-dou/

かとうちあき
人 生をより低迷させる旅コミ誌『野宿野郎』の編集長(仮)。著書に『野宿入門』『野宿もん』『あたらしい野宿(上)』があって、野宿だらけ。神奈川県横浜市 に生まれ、隣の町内に混ざって神輿を担ぎ、炭坑節と南区音頭を踊って育ちました。あと、アラレちゃん音頭が好きだった記憶あり。

 

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