今日も盆踊り

第2回「DJジジイがマイクとバチを握り江戸のビートを刻む 佃島念仏踊り」(東京・中央区) 

(2014/7/22)

bondancetop


いきなりそれはやってきた

「盆踊りいきませんか?」

 当時、まだうぶな盆踊りドーテーだった僕はその提案に「え?」と思わず目の前の女性の顔を二度見した。名前をかとうちあきさんという。この人がいなかったら、僕は盆踊りというめちゃくちゃ楽しい遊びを知ることなく、一生を終えていたであろう。話は、2011年の夏までさかのぼる。まずは、僕が盆踊りにハマることになったきっかけをお話しておきたい。

 かとうさんは『野宿野郎』という野宿をテーマにしたミニコミ誌(※1)をつくっている女性で、その奇特な雑誌の内容と寝袋引っさげ一年中全国各地あらゆる場所で野宿をするという活動から一部界隈では名を馳せている方だ。実は自分も大学時代にたまたま入った書店で『野宿野郎』と出合い衝撃を受け、社会人になってから『恋と童貞』というおかしなミニコミを仲間と立ち上げた経緯がある。いわば「野宿野郎フォロワー」の一人だ。……いや、このまま『野宿野郎』の話を進めて行くと泥沼にはまって抜け出せなさそうになるので、説明を急ごう。

 ミニコミ業界とは狭いもので、制作者同士は自然な流れで顔見知りになっていく。憧れの雑誌である『野宿野郎』のかとうさんと飲みの席をご一緒させてもらう機会に恵まれるようになったのも、やはり自分でミニコミを作るようになってからだ。

 とある飲み会で、祭りの話題になった。かとうさんがねぶたが好きで毎年青森に遠征して、期間中ぶっ通して踊っているということ、さらにねぶた以外にも盆踊りで踊るのが好きだということ。おそらくそんな話の流れから「盆踊り行きませんか?」ということになったのだと思う。マジか。面白そうですけど、マジか。たぶん思考時間は0.8秒くらい。そして勢いで「はい、行きます!」と答えてしまっていたのだった。

※1……自主制作雑誌のようなもの、最近ではZINEやリトルプレスと呼ばれることも。

 

会場の場所がわからない

 お誘いいただいたのは、もんじゃ焼きでお馴染みの東京・月島からほど近い「佃」で開催される「佃島念仏踊り」だ。なんでも江戸情緒のある趣ぶかい盆踊りであるらしい。楽しみだがそれにしても、もう盆踊りなんて何年も縁がない。というか、20数年生きてきて盆踊りに参加した記憶がまったくない。不安だ。人前で踊るの不安だ。っていうか踊り方分かんないし、失敗したら超恥ずかしい。なんて悶々が頭の中を巡りながら、当日を迎えることとなった。

 盆踊りがはじまるのは夜の19時頃。仕事柄、普段は終電近くまで仕事をしている僕も、その日は早めに切り上げ会場へと向かった。会場の最寄り駅に着いて改札を出ると、僕は駅構内のトイレへと飛び込んだ。そう、バッグの中に忍ばせた衣装に着替える為に……。

 といっても持ってきたのは浴衣ではなく、甚平だ。夏祭りなんてモテチンどものイベントとは縁遠い自分が浴衣なんか持っているはずがない! が、甚平はなぜか家にあった。実は事前にかとうさんに「やっぱり浴衣は着た方がいいのでしょうか?」と確認していた自分。いまから考えると、別にそんなのどっちでもいいのだが、「盆踊り」という未知のイベントに対してかなりビビリがあった。恥をかかないためにも、なるべく準備を万端にして向かいたい。ネットで「佃島念仏踊り」の情報をググりつつ、踊りの模様をおさめた動画もしっかりチェックしているあたり、かなり小心者である。

 ともかく。甚平と急であつらえたサンダルをトイレの狭い個室で装備して、戦闘準備OK。揚々とトイレを出て、駅の外へ。さあて、とスマートフォンを取り出してマップアプリを確認する。が、場所がイマイチよくわらかない。なにせ、時間が時間なのであたりは既に薄暗くなっている。オマケにルート的に下町の細い路地を歩いていかなければいけないようだ。地図の方では明確に場所を示しているのだが、人間の方でどっちの道に進めばいいのか分からんのだ。

 いろんな道をぐるぐるしていると、遠くの方からかすかに音が聞こえてくる。さらに浴衣を着てヒラヒラと歩く親子連れを発見。もうこの人たちを信じるしかないといそいそついていくと、急にひらけた通りに出た。まるで神社に続く参道のようだ。下町の家はみな背が低い。そのせいか空が大きく見える。ひっそりと地面に並ぶ家々のシルエットの向こうに、きらびやかな高層ビルが林立する。目の前が隅田川なので、余計に見晴らしがいいのだろう。EDOとTOKYOの見事な共演という光景にしばしうっとり。はっと気づくと、通りの向こうに提灯の光がチラホラ。おー、やっと会場にたどり着いた! 時間は19時を少し過ぎていた。

ぜんっぜん踊れません

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 小さな橋を渡って明かりの方に近づくと、わらわらと人だかり。その中心にやぐらが立っていて、既に浴衣を着た老若男女が踊っている。すわ、やはりはじまってしまっていたか。ふとあたりを見回すも、お祭り特有の屋台の類いは一切ない。暗闇のなかにただこのやぐらの周りだけがひっそりと明るいのだ。本当に踊りのためだけの祭り。そんな感じだ。なんちゅうストイック……。そして、もうひとつ、この祭りの特異点にすぐ気がついた。あきらかに聞こえてくる唄が生声なのだ。やぐらを見ると、着物をラフに着こなした一人の老いた音頭取りがマイク片手に太鼓を叩いている。

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 勝手なイメージであるが、一般的な盆踊りというと、太鼓は実際に人が叩いているが、音楽や唄は録音された音源をスピーカーで流しているという印象があった。まさか、実際に唱っているとは驚いた。どうやらこの盆踊り、ただごとではなさそうだ。
 それにしても、誘ってくれた張本人のかとうさんはどこにいるのだろう。もちろん、一人で踊りの輪のなかに入る勇気はない。しばらく人だかりの周りをうろうろしていると、ようやく浴衣を着て悠々と踊るかとうさんの姿を見つけた。勇気を出して輪の中に飛び込み、その後ろにつく。「すみません、遅れました!」と挨拶。が、話をする間もなく、踊りの輪はどんどん進行していく。あわわ、となる。こうなると四の五の言わず体を動かすしかない。が、踊り方が分からない。当然のように壊れかけのロボットみたいな動きになる。踊りの輪は3重ほどになっていて、中心に輪ほどベテランが多いようだ。ひとまずベテランの動きに合わせてみる。えーとこっちの手を上げて、こっちの足を引いて、体を左に曲げて……うおー! ぜんっぜんわがんねえ!
 テンポは非常にゆっくりなのである。動きもそこまで複雑ではない。が、踊れない。実際に体を動かしていると分かるのだが、踊りというものは手も足も胴も腰も首も、すべての体の部位の動きが同時進行なのだ。それをいきなりわっと頭に入れて動こうとするのは無理というものだ。そして、やっぱり踊るのがちょっと恥ずかしい。会場にいるのは踊り手だけではない。踊りの輪を囲むように、それを眺めている見物人もたくさんいる。人見知りの自分は完璧に踊る阿呆というより見る阿呆タイプなはずなのだが、今日は事情が違うのだ。ええいままよ!と一心不乱に体を動かす。唄の文句の合間に「コラショイ」「コラ、ヤートセー、ヨーイヤナ、コラショイ」という実に味のある間の手が入るのだが、踊りに気を取られてまったく耳に入ってこない。嗚呼……。その点、僕の前で踊る師匠のかとうさんは堂々として、かつ動きにメリハリがあり、さすがと思ってしまう。いろいろ試行錯誤しているうちに、はたと音が止んで休憩タイムとなった。遅れてしまったので、あまり踊れなかった。が、二部もあるらしいので、そちらでリベンジだ。
 短時間しか踊ってないのに蒸し暑さで既に汗だるま状態。持って来たタオルで額をぬぐいながら「いやー、難しいですねえ」なんてかとうさんと話していると、でかいポリバケツのようなものを抱えたおっさんがやってきて、やぐらの横にドカと置いた。一斉に人々が群がる。なんだなんだとのぞきこんでみると「踊りに参加した人だけですよー」と飲み物を配っている。あわてて人ごみをかきわけバケツの中の氷水に手をつっこんで、缶ビールをゲット。まあ、あまり酒飲めないけどいいか。ジュース争奪戦で消耗している間に、かとうさんは会場のアチコチで知人らしき人と会話をしている。どうやら踊り仲間のような人がいるらしい。さすがだなーと思いつつ、自分もまわりの参加者を観察してみる。

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  一番多いのはやはり高齢者の方々。そして一番元気なのもやっぱり高齢者の方々。お揃いの浴衣で揃えているおばあちゃんグループは地元の人たちだろうか。とにかく踊りのキレがすごかった。おじいちゃんたちはという比較的、みなさん単独行動の人が多い。浴衣をラフに着こなし、踊りの際はスマートではないが迫力のある大胆な動きをする。若い人ももちろんいて、特に女性は比較的多く見受けられた。浴衣を着ている人もいれば、私服でラフに参加している人も。外国人の姿もチラホラ。僕と同様、踊りはおぼつかなかったが、皆さん楽しそうな表情。盆踊り会場には、実に様々な人がいる。


やぐらのお囃子はクラブのDJである


 10分ほどの休憩があって、いよいよ第二部がはじまる。再びあの音頭取りのおじいちゃんが登場。やぐらにのぼって、軽く太鼓をたたいた後、弾みをつけて「ドンドン」と打ち出す。そしてマイクロフォンに叩き付けるソウルフルなシャウト。その光栄を見て、ああ!と思った。これ、DJじゃん。DJといってもクラブイベントに参加したことはないのだが、自分が想像するクラブのイメージ、ブースでDJがいかしたチューンをかけて、ダンスフロアを盛り上げる。そう考えると、おじいちゃんめちゃくちゃカッコいい。盆踊りカッコいい!

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 うわーうわーと意外な発見に一人で盛り上がっているが、そういえば俺、おどらにゃ。というわけで、先ほどの反省も踏まえてやってみる。敗因はすべてを同時に動かそうとしたことだ。情報量が多過ぎる。まずは足の動きから真似をしよう。上半身はあまり意識しないで、上手な人の足の動きをじっと観察、コピーする。足の動きが分かったら、今度は手の動き。少しずつ、手と足の動きを連動させていく。すると、どうだ。なんだか踊れているような気がしてくる。「あ、踊れた?」。踊れてないんだけど、「踊れてるかも」という予感だけでかなり楽しくなってくる。最初は動きを記憶するためにかなり頭を使っているのだが、次第に意識しないでも自然に体が動くようになってくる。お、楽しいじゃないか。踊れるようになると、気持ちに余裕ができる。先ほどのDJジジイの唄声がよりハッキリと聞こえてきた。古い言葉をつかっているのか、まったく歌詞の意味は聞き取れない。わからないが、意味を理解してみようと耳を傾けるのも楽しい。斜め後ろでは、やや声の甲高いおっちゃんが若い女子グループについて「右足! つぎ左足!」と踊りを教えている。雰囲気的に、この盆踊りを取り仕切っている責任者のようだ。女性には目がないといった感じで、聞かれてもないだろうに、この祭りの由来を嬉しそうに女の子たちに教えている。なんでも江戸の頃、火事や震災か、大きな災いがあって多くの遺体が隅田川を流れてきた。その仏を供養するために、この祭りがはじまったらしい。一昔前は現在のようなやぐらをまわるのではなく、往来を進みながら、朝まで踊り明かしたというのだからすごいではないか。オールナイトダンスパーティー!
 踊っているうちに、少しもの足りなくなってくる。なんか俺の踊り、小さくまとまってないだろうか。勝手に自分の中で探求がはじまる。もっとあのおじいちゃんみたいにワイルドに動いた方がいいのでは、いや動きのキレをもっとピッピッと整えた方がいいのでは、なんていろいろ試行錯誤。さっきまで何も分からずにタコ踊りみたいな動きを披露していた自分が、まったく随分な進化じゃないか。でもやっぱり達人たちにはかないません。長年踊っている人たちの動きには「自分」がある。めちゃくちゃ説得力があって、表面だけコピーしただけじゃとても出せるものではない。「あ〜、俺まだまだっすわ」なんて尊敬のまなざしをおじいちゃんおばあちゃんたちに向ける。
 30分ほど踊って終了。「怪我なく帰りましょう!」と、先ほど女子に踊りを教えていたおっちゃんが言っている。先ほどまで熱を帯びて踊っていた人たち、観客が月島の闇の中へと散り散りになっていた。あ〜、これが祭り後の寂しさかあ。

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見る阿呆より踊る阿呆

 踊りのあと、通りの突き当たりにある小さな祠に向かった。焼香をして手を合わせる。無縁仏と書かれているので、やはり大昔にここで多くの人が亡くなったのだろう。盆踊りの本来の意味、お盆の時期に死者を迎えて供養するということをあらためて思い出す。 
 月島でもんじゃを食って、駅でかとう師匠と別れた。家路に向かう電車の中で、さきほどの体験は何だったのだろうかと一人振り返る。やはり楽しかった、と考えるべきだろうか。ひとつ確実に言えることは、あの盆踊り、観客として外から眺めているだけだったらそこまで面白く感じなかっただろう。僕の中の盆踊りに対するイメージはそれまでと変わらなかったに違いない。しかし、思い切って輪の中に入ったらどうだろう。景色が変わった。それまでの盆踊り観がぐるーんと裏返ってしまった。そういえば、踊りの後半の方ではまったく恥ずかしさはなかったことに気がつく。もしかして、ヤバい一線を越えてしまったのか? 盆踊りは古くさい地域の行事ではない。とても新しく、とてもカッコよく、とてもキモチのいいものだ。
 そんな、かすかな予感を抱きつつ、また僕は盆踊りに足を運ぶだろうと思った。今度はちゃんとした浴衣を着て。

(小野和哉)

小野和哉
1985年生、千葉県出身。制作会社勤務。ミニコミ誌『恋と童貞』編集長。好きなアイスは「チョコかけちゃったスイカバー」。盆踊りはまだビギナー。
「恋と童貞」公式サイト:http://ameblo.jp/koi-dou/

かとうちあき
人 生をより低迷させる旅コミ誌『野宿野郎』の編集長(仮)。著書に『野宿入門』『野宿もん』『あたらしい野宿(上)』があって、野宿だらけ。神奈川県横浜市 に生まれ、隣の町内に混ざって神輿を担ぎ、炭坑節と南区音頭を踊って育ちました。あと、アラレちゃん音頭が好きだった記憶あり。

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