第12回「人の群れが朝まで夜通しダンスしまくる! 郡上・白鳥の徹夜踊り」(岐阜)
(2015/5/1)
徹夜で踊る盆踊りが現代に存在した!
盆踊り会場で年配の人と話をすると、「昔は夜通し踊ったもんだ」なんて武勇伝?がよく出てくる。朝まで踊ってたってこと? ホンマかいな。と思ってたらありました「徹夜踊り」。
場所は岐阜県郡上市。その名も「郡上おどり」という、朝まで踊り明かす盆踊りがあるそうな。人に聞くと、「あれはレイヴパーティーだ」「踊りが十種類もあって大変」「郡上には白鳥おどりという、さらに激しい盆踊りもあるらしい」と様々な噂がどんどん飛び出す。うーん、とにかく凄まじい盆踊りであることは間違いない。
実は郡上おどりに関しては毎年夏前に東京の青山でも開催しており、一回だけ参加したことがある。が、難しくて結局踊りを覚えることができなかった。悔しい。そして、やっぱり現地だけで体感できる徹夜おどりは参加したい。というわけで、今年の夏は絶対に郡上に行くぞー!と胸の内に決めていたのだ。
一緒に行くのは『野宿野郎』編集長のかとうちあきさんと、映画監督の藤川さん(以下、監督さん)。十津川の盆踊りが終わったあと(連載第11回を参照)、そのまま監督さんの車で奈良県からびゅーんと北上して一気に岐阜県へ。ちなみに監督さんはメガネと坊主頭が似合う40代半ばの男性だ。かとうさんのつながりで知り合ったのだが、出身大学が一緒なので、たまに僕は「先輩!」と呼んだりもしている。普段お会いする時はお酒を飲んで「わっはっは」と笑っている愉快なおじさんという印象なのだが(失礼)、東日本大震災後の宮城県石巻市のとある避難所を舞台にしたドキュメンタリー映画『石巻市立湊小学校避難所』を作るなど、映画監督としてはかなりシリアスな側面を持つ。そして僕とかとうさん同様、盆踊りが大好きなのである。
話を郡上おどりに戻すと、郡上おどりと白鳥おどりは7月から9月の会期、ほぼ毎日、郡上市のどこかで開催されている(白鳥おどりの方が開催日数は少ない)。さらにお盆周辺の数日間は「徹夜踊り」と称して、特別に翌朝まで踊りが続く。我々が狙うのは、もちろん徹夜踊りである。今回の郡上遠征は「白鳥おどり」「白鳥の拝殿おどり」「郡上おどり」の3つの盆踊りを2日間で駆け巡る計画だ。「拝殿おどり」は白鳥おどりを神社の拝殿という舞台で踊るという、昔ながらの盆踊りらしい。
雨に踊れば
昼間に十津川を出発し、途中スーパー銭湯で休憩を取りつつ、大阪〜京都〜滋賀県を横断して、夕方過ぎにいよいよ岐阜県に突入。途中、雲行きが怪しくなり、小雨もちらほら。大丈夫なのか!?
東海北陸自動車道をひたすら北上。第一の目的地、郡上市白鳥町に着いたのは夜11時のことである。会場近くの駐車場に車を停め、外に出ると雨は止むどころか、さっきよりも勢いを増している。呆然とするも、遠くから盆踊りの賑やかな演奏が聴こえてくる。どうやら、この天気でも祭りは決行しているらしい。意を決して、3人それぞれ車の中で浴衣に着替える。いくぞ!
暗闇のなかを祭り会場の薄明かりを頼りに歩く。数分あるいただけでずぶ濡れ。だ。監督さんはちゃっかりアウトドア用のポンチョを羽織っていて雨でもへっちゃらそうである。うーん、これはつらいなあと心はやや萎え気味になりかけたが、会場に着くとともに飛び込んできたその光景に気分は一気にぶち上がった。なんじゃこら!
目の前に広がっていたのは、浴衣を着た人々がものすごい熱気で踊り狂っている光景。しかも、この大雨のなか! 会場は道路を封鎖した往来のど真ん中。お囃子の人を乗せたやぐらを中心に、ぐるぐると回りながら人が踊っている。普通の道路上で、しかもザーザー降りの雨に打たれながら、これだけ多くの人が盆踊りに興じている光景にただただ踊ろく。こんな盆踊りがあったとは……! 時刻は深夜11時。踊りは8時くらいからスタートしているようなのだが、これを朝の4時まで踊り続けるのである。これぞ徹夜踊り!
監督さんとかとうさんは以前も白鳥おどりに参加したことがあるらしく、ひょいと輪の中に入って踊り出す。何度、盆踊りに参加しても、初参加の盆踊りは最初のワンステップを踏み出すのには勇気が要る。しばらくして、ええいままよ、と自分も輪に飛び込んだ。
単に「郡上おどり」「白鳥おどり」といっても、それぞれ踊りの曲は10曲ほどもある。例えるなら「郡上おどり」はアルバムのタイトルで、収録曲が10曲入っているという感じだ。もちろん、曲に合わせて踊り方も違うので覚えるのは大変である。白鳥おどりは郡上おどりよりも曲数が少ないのだが、それでも習得するのが大変なことに変わりはない。
「白鳥おどりはかなりテンポが早い」そう話には聞いていたが、なるほど、これはけっこう激しい! 右に行ったり、左に行ったり、手を開いたり、糸巻きのようにぐるぐると回したり、とにかくせわしない。うっかりしていると、すぐに前後の人にぶつかる。みんな動きが速すぎる! 足のステップも激しく、人によってはアレンジしてぴょんぴょんと飛び跳ねるように踊っている。踊りっつうか、もはやこれはダンス!
雨音の中に下駄の高鳴りが響き渡る!
様々な曲が次々とかかるのだが、ひときわ会場が盛り上がったのが『世栄』という曲。両腕左右交互に掲げながら行進していく割とシンプルな踊りなのだが、とにかくテンポが速い。うはは、これは楽しいと踊っていると、どこかから若者の歓声が聞こえてきた。お?と目をやると、10人ほどの高校生とおぼしきキッズたちがやぐらの付近に小さな輪をつくって踊っている。みんな各々の下駄を脱いで中央に集め、それを中心に裸足で踊っているのである。「ヘイ!ヘイ!ヘイ!」と盆踊りらしからぬ合いの手を大きな声で歌いながら心底楽しそうに踊る彼ら/彼女らの姿になんだかジーンと感動してしまう。白鳥おどりの主役は明らかに若者たちだ。
そういえば。会場にいる人たちはみんな木の下駄を履いて踊っている。踊りのステップとともに鳴り響くカラコロという音がなんとも小気味いい。下駄を履いて踊るのが郡上の盆踊りの特徴らしい。対して初体験の僕はゴム底の雪駄。他の盆踊りだったら何も問題ないのだけど、みんな下駄を鳴らして踊っているのを見ていると、なんとも羨ましくなってくる。
無心になって踊っていると、刻々と時間は過ぎていく。止まることのないお囃子。いよいよ災害かというレベルになってきた雨脚。それでも人々は踊ることをやめない。道路脇の商店の庇の下に退避しつつも、少し休憩したらまた踊りを再開。雨に打たれて、もはやヤケクソ状態。いま何時だろう。深夜2時? もうろうとする意識のなかで、それでも踊り続ける。この会場にいる人たちは、何か踊るという宿命を帯びているのではないかという気すらしてくる。あ〜、なんて最高な空間なんだ!
気づいたら朝4時。最後は白鳥おどりでもNo.1ヒットチューンの『世栄』がかかって、徹夜踊りが終了。辺りは歓声と拍手に包まれる。やぐらの上の人が「それでは、下駄を手にもってください」とアナウンス。よ〜お!の一本締めで下駄が打ち鳴らされて、白鳥の徹夜踊りは締められた。け、結局朝まで踊ってしまった……。
野宿からの下駄を求めて郡上観光
ヘトヘトになりながら人並みをかきわけて監督、かとうさんと合流。「いやあ、楽しかったですねえ」と感想を交わしながらも、次の動きを考えなければいけない。予定としては夜の「白鳥の拝殿踊り」、その後に「郡上おどり」を徹夜で踊って朝を迎えるというスケジュールになっている。たっぷりと時間はある。「まずは睡眠だ」ということで、会場付近でほどよいスペースを探して、野宿をすることにした。幸いにして、なぜかみんな寝袋を持っている。寝床としたのは、近くのスポーツセンターのような場所。ひとけがないし、場所が広々としているので野宿には快適なスペースだ。
目覚めたのは正午近く。起きてまず向かったのはコインランドリー。洗濯をしながら、近くの喫茶店に入って朝ごはんを食べる。さて、夜の「白鳥の拝殿踊り」までたっぷり時間はある。「せっかくだから郡上の街を散策しますか」と提案してくれたのは監督さん。確かに踊るのは基本的に夜なので、昼間の明るいうちに町並みを見てみたい。そして、昨夜の白鳥おどりでみんな下駄を履いていて羨ましかったので、自分も下駄を買いたい! 急ぎの作業があるというかとうさんを喫茶店に残して、私と監督さんは郡上八幡に向かった。
郡上八幡は時に「水の町」とも呼ばれているらしい。街の中心部を分断するのは長良川の支流である吉田川。橋を渡るとき「ここから川に飛び込んで遊ぶんですよ」と監督さんが解説してくれる。が、前夜の雨ですっかりと川は増水し、飛び込める感じではない。普段はとてもキレイな清流だそうだ。町の中心部を散策すると、あちこちに水路が巡らされているのが分かる。水の気配を常に感じる街だ。そしてもちろん、踊りの街でもある。ところどころに「郡上まつり」の提灯や看板を見かける。店頭で祭り囃子がかかっている商店もある。ちょっとこの街に住んでみたいな……という誘惑に駆られる。
郡上八幡城の城下には古い町並みが広がる。石畳の道もあったりして、なんとも風情がある。しばらく歩くと、目的の下駄屋に到着した。サイズや形、鼻緒の模様、様々な下駄が揃っている。お店の人によると、踊りの下駄はすぐに歯がすり減るらしい。堅い下駄はすり減りずらいが重くて踊りにくい。柔らかい下駄は消耗は早いが軽くて踊りやすいとのこと。さすが郡上、踊ること前提なんだね。まあ、長く使いたいしなぁということで、堅い素材の下駄をチョイスした。監督さんも「浴衣の帯を忘れた」と言って、近くの着物屋で帯を買っていた。
車で舞い戻り、かとうさんと合流。スーパー銭湯で時間をつぶしたら、すっかり時間は夕方に。「拝殿踊り」を目指すべく、郡上八幡から白鳥へと舞い戻った。場所は前谷白山神社。前夜の白鳥おどりの舞台となった橋本町からさらに北上した場所にある。あっちだこっちだと迷いながらなんとか到着。車の中で浴衣に着替えて、さっそく向かう。
唄と下駄の音だけのストイック盆踊り
「拝殿」という名前の通り、屋根つきの木製の舞台が神社の敷地内に鎮座している。明かりの数は最小限。暗闇の中にいくつかの人影が見える。さっそく階段を上って拝殿の中に入ると、浴衣を着て準備万端の人々が今や遅しと踊りの開始を待ちわびていた。拝殿の中はそこまで広くない。これ以上人が来たら、かなりの密度になりそうだ。いちおう神社でお参りをして、踊りの開始を待つ。
辺りを観察するが、笛や太鼓などお囃子の道具は一切ない。人の唄声と下駄の音だけで踊る、まさに昔ながらの盆踊りの形である。最初の曲は『場所踊り(バショウ踊りとも)』。白鳥おどりといえば高速テンポが特徴だが、これはゆっくりとじっくりと唄いあげる静かな曲だ。手も後ろで組んで、足の運びだけで踊る。祈りのような、儀式のような盆踊りだ。白鳥拝殿おどりは必ずこの『場所踊り』からスタートするらしい。
拝殿踊りでかかる曲は、昨夜体験した白鳥おどりとほとんど共通である。違いは、楽器による囃子が入らないこと。狭い空間で踊るため、踊りの振りも小さい。下駄の音も静かだ。そして特徴的なのが、曲によっては唄う人が定まっていないということ。拝殿踊りだと誰でも唄う。踊っている人たちが交替で一節ごとに唄うのだ。しかも観察していると順番も決まっていないらしく、カラオケのように唄いたい人が勝手に声をぶっ込んでいくスタイル。だから、たまに(次は誰が唄うの?)と変な間が生まれることもあって、面白い。
話を聞くと、どうやら昔は若者たちがこのように盆踊りの場で自分の唄声を競っていたらしい。美しい声、良い声はやはりオーディエンスに受ける。逆に唄がつまってしまったりすると、場がしらける。さらに人気を集めるために、その場の状況や雰囲気に合わせて即興の歌詞を唄うこともあったようだ。うん、これはアレだ。完全にフリースタイルラップバトルだ。昔の人すげー! 完全にラップの元祖だよ、これ!
夜10時。2時間ほど踊って拝殿踊りは終了。が、終了後も踊り足りないのか、アンコールをする人々も。みなさん熱い。が、我々は次の踊りに向かわなければいけない。郡上の徹夜踊りだ。再び監督の車に乗り込み、郡上八幡へと向かう。これからまた朝4時まで踊るのだ。おい、このスケジュール考えたやつ誰だ。
郡上の徹夜踊りで感動?のフィナーレ
会場の近くに車を停める。さすがに疲労困憊なので、車中でしばしの仮眠をとった後、浴衣でふたたびわっせわっせと出陣。時刻は深夜2時。が、会場となっている通りに出ると、人、人、人の波。ただでさえ人が多い上に、道幅もそんなに広くないので、すし詰めで踊っている感じ。ざっと見ただけでも、昨夜の白鳥おどり以上の人出だろう。とにかく無理して、ぎゅーっと輪の中に入る。
郡上おどりは一度経験があるので、振りを思い出しながら動いてみる。白鳥おどりと同様に、曲の数は10曲ほどあって、順番に曲がかかる感じだ。『かわさき』は月を仰見るように手を左右にかざして踊るゆったりとした優雅な曲。『春駒』は両腕を上下左右に大振りに動かして跳ねるような踊りが特徴。馬に乗って手綱を握っている仕草を表しているようだ。『ヤッチク』は両手両足を交互に突き出してゆっくりと進んでいく踊り。歌詞は江戸時代に実際に郡上で発生した「郡上一揆」をテーマにしていて、蜂起した農民の視点から事の顛末を滔々と語る曲だ。体制側への抵抗を描く、まさにパンクソング。何百年も踊りとして伝わっているのがすごいと思う。個人的に好きなのは『猫の子』。めったにかからない曲だが、タイトルの通り猫の様な仕草があったり、「にゅ〜ん」というかわいい合いの手があって妙に楽しい。と、10曲も踊っていると、だんだんと自分のお気に入りソングが見つかる。
だんだんと踊りに慣れてきたので、周りの人を観察する余裕が出てくる。白鳥おどりと同様に徹夜なせいか若い参加者もたくさんいる。容姿もみんな一風変わっていて、お面をかぶっていたり、お揃いの派手な浴衣を着た集団がいたり、腰からひょうたんを下げていたり、あるいは浴衣にハットをかぶってモダンにきめていたり、まるでファションショーだ。みんな思い思いにカブいているのが、見ていて楽しい。
徹夜踊り終了の時間になると、最後に『まつさか』という曲がかかる。伸びのある声でゆっくりと唱い上げる曲。声色には祭りの終わりを告げるような哀愁が満ちている。先ほどまで大騒ぎしていた踊り手たちも、噛み締めるようにじっくりと踊る。朝4時。祭りは終了した。
監督さんに車で郡上八幡の駅まで送ってもらう。僕とかとうさんは始発に乗って、名古屋から新幹線で東京に帰ることに。監督さんはもう少し滞在して郡上おどりを堪能するようだ。「それでは!」と挨拶して解散。2014年のお盆はこれで終わった。夏はまだ続くが、なんだか寂しさがつのる。
反骨ダンスカルチャー、ここに在り
噂に聞いてた郡上〜白鳥の徹夜踊り。風営法だなんだと騒がれる昨今、朝まで、天下の往来で、これほどの大人数が踊りまくるダンスカルチャーが日本に存在することは驚きだった。しかも、歴史的にたびたび政府によって禁止の憂き目に遭いながらも、江戸時代からこの地でずっと踊られ続けているようだ。いや、お見それしました。
誰かの曲で『朝が来るまで終わる事の無いダンスを』なんてタイトルがあったが、まさにそれと同じことが岐阜県で起きているのだ。
小野和哉
1985年生、千葉県出身。制作会社勤務。ミニコミ誌『恋と童貞』編集長。好きなアイスは「チョコかけちゃったスイカバー」。盆踊りはまだビギナー。
「恋と童貞」公式サイト:http://ameblo.jp/koi-dou/
かとうちあき
人 生をより低迷させる旅コミ誌『野宿野郎』の編集長(仮)。著書に『野宿入門』『野宿もん』『あたらしい野宿(上)』があって、野宿だらけ。神奈川県横浜市 に生まれ、隣の町内に混ざって神輿を担ぎ、炭坑節と南区音頭を踊って育ちました。あと、アラレちゃん音頭が好きだった記憶あり。
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